災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
アドリアンとは、この一週間ほど前からそういう関係になった。
いつものように共に布団に入って、向かい合う姿勢になった時、自然と唇が重なった。まるではじめからそうなるのが当たり前かのように、お互いを求め合って、ルーナはアドリアンを受け入れた。
かつてカルラの夫から迫られた時は嫌悪感しかなかった。嫌で気味が悪くて逃げた。でもアドリアンに対してはそのような気持ちを抱くことは無く、むしろずっとアドリアンの腕に抱かれていたいとすら感じはじめていたし、アドリアンに抱きしめられるととても安心もして心地よかった。どこを触られても不快ではなく、肌を触れ合わせているのは嬉しさしかなかった。
いずれ刈り取られる命なら、良い思い出を一つでも増やしておきたい。そう思ったら、求められていることが不快ではなくなり、自分から求めることを知った。夜毎、アドリアンに抱かれて、疲れて眠る。幸せだった。
――だけど。
抱かれれば抱かれるほど、アドリアンへの執着が強まる気もしていた。良いのか悪いのかルーナにはわからないが、離れ難く、逆にもっと生きたいと思いはじめたのだ。魂を刈られてしまうのは嫌だと思いはじめたのだ。
アドリアンはこの頃から度々、「幸せか」と聞いてきた。ルーナの答えはいつも決まっていて、「まだ」だった。
幸せだと声にしてしまえば、彼は死神たる責を、恐らく果たそうとする。それはきっと何度抱かれても覆らない。だから、まだ幸せじゃないと言えば、ずっとアドリアンの腕の中にいられる――。
ずるくて、浅ましい自分。
――アドリアンを、騙してる……。
その夜のアドリアンは、ルーナの覚悟を見抜いているかのように執拗だった。少しいじわるで、ルーナに何をして欲しいかを声に出させた。
「こんなにして……どうして欲しいか言ってごらん?」
和毛の奥へ、執拗な刺激を与えながら、ルーナの耳元でささやいてくる。恥ずかしさで言い淀む様子すら楽しんでいた。
「ルーナはどうしたい? 言って、ルーナの口から聞きたい……」
「も……きてっ」
身体を震わせながら、ようやく声にしたそれを合図に、アドリアンはルーナの体力の限界が訪れるまで何度も最奥を責め立て、そして果てた。
意識を手放したルーナを、アドリアンはいつも大事な宝物のように扱った。お湯で身体を拭いてやり、真新しいシーツに交換して、ルーナにも真新しい下着と寝巻きを着せる。そうして自身もようやく眠りにつく。
アドリアンには苦ではなかった。むしろルーナを世話できる事に悦びを感じていたし、たとえ家来といえども自分以外の者がルーナに触れるのが嫌だった。自分に縋り付いてくる様が愛おしい。もう魂を刈る対象ではなく、愛する者になっていた。共に生きていきたい者だ。
その思いは、独占欲としても現れた。自身の髪色と同じ色のリングに、ルーナの瞳と同じ深緑色の小さな宝石がはめ込まれているものを二つ作った。これを一つずつ指にはめる。こんな独占欲は、滅多に外へ出ないルーナには無意味にも思えたが、自分色で染めたいアドリアンの気持ちもわかる。
その指輪がきらめく朝。
「おはよう、アドリアン……」
シーツの波間から顔を出してまどろみの中を寝返れば、隣に眠っていたアドリアンと目があった。少し前に目が覚めて、ルーナの寝顔を眺めていたのだ。
「身体は大丈夫か」
いつもの笑顔でルーナを見て、いつものように気遣ってくれる。布団から出ているルーナの片腕を布団の中に仕舞いつつ、素肌の胸にルーナの顔を押し付けるように抱き寄せてくれた。
――ああ……好き。温かい人……。
そしていつものように、アドリアンは聞いてきた。
「幸せか?」
好きな人に抱かれて、穏やかな目覚めなのだ、幸せじゃないはずがない。だがルーナは「まだ幸せじゃない、生きる気力はない」と答えていた。これまではそうだったが、この朝は素直に応えた。
「――うん、幸せよ」