災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
第一章
 ひと月前のことだった。

 激しい雨の降りしきる夜中、ルーナは目を覚ました。

 屋根が風で飛ばされるのではと思うくらいに外は荒れ狂っていた。窓の方に目を向けると、時折、稲光がカーテンの形を浮かび上がらせる。その明滅するカーテンを眺めて、ふと、意識を頭の方に向けた。

 何かの気配がする。

 余力があれば結界を張って侵入を防ぐこともできたが、今は何をするにも気力が無かった。

「だ、れ……」
 しばらく何も口にしていないし疲れ切っていたから声もあまり出なかった。起き上がって警戒する力もない。山越えしてそのまま布団に入ったから身体のあちこちは汚れているし、足だって痛い。風呂にも入っていないし着替えもしていないからひどく臭う。尤も、着替えるための替えの衣類も持っていなかった。

 こんな自分でも、どうにかしたいのだろうか。

 家には金目のものは何一つない。あるとしたらこの命くらいなもので、もし狙いがそれなら、さっさと一思いに、とすら思った。

 青ざめた顔、こけた頬。艶のない髪はパサついて絡まり、唇は荒れている。微笑むことをしなくなった表情は強張っている。爪は適当にハサミで切っているものの手入れをしていないから爪は割れていて若い女の手には見えず、指紋もわからないくらいにガサガサしていた。
 風呂に水を汲んで薪を焚べて沸かすのも億劫だった。減っている腹を満たし、身体の清潔を保つ事をやめた身に、"その時"が来るのを待っていた。

 枕元にある気配が"その時"を告げているのだとしたら、抗う必要はない。抗ってこの世にしがみつく意味もない。

 ――もう、いい……。

 目を閉じた。
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