災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
フランは、赤ん坊にルーナと名付けた。初めて接する小さな赤ん坊に戸惑いつつも、自分を親と思い縋ってくる小さな存在へ、次第に愛情を抱き始めた。子供など煩わしいと思っていたが、自分が想像していたよりも大変なのに毎日が楽しくなった。
何がイヤかわからないくらいに、何かにつけて「イヤー!」を連呼してフランを困らせた時期もあった。魔法の勉強中なのに真面目にやらないから怪我や失敗をしては叱った。それでも少しずつ魔法を扱えるようになって、自分の周りにだけ結界を張れた時は二人で喜んだ。弾けるような笑顔だった。
熱を出せば寝ずに看病し、子供でも飲みやすいよう薬を工夫した。木から降りられなくなった時は箒で下ろしてやり、森で獣に追いかけられていれば助けに入った。毎年のお互いの誕生日には、なけなしの金で精一杯の食材を買ってご馳走を作り祝いあった。
フランとルーナが親子として暮らし始めて十七年が経った。夏の終わりで、森の奥は秋が来ている、そんな頃。フランが倒れた。
薬草畑を手入れしていたらパタリと地面に突っ伏してしまった。名を呼んでもゆすっても反応が無い。ルーナはフランの箒を持ってきてフランの腹の下に箒の柄を差し込み、魔法で浮かせた。あまりうまく浮かせられなかったけど何とかベッドまで運び終えると、フランは息をしているのを確認して町へ駆け降りた。
医師の見立てでは、脳の方がやられているのかもとのこと。大きなイビキ、くったりして動かない手足。今は呼吸をしているが、急に止まるかもしれないしじきに高熱が出るかもしれない。そう言って医師は帰って行った。特にこの状態を治す薬は無いと言われ、途方に暮れかけたものの、すぐさま顔をあげた。泣いてる暇はなく、フランを介護する日々が始まったのだ。
毎日身体を拭いて着替えさせる。朝は絞ったタオルで顔を拭い、米をのり状になるまで煮込んだものを少しずつスプーンで与えた。少しでも栄養を摂ってもらいたくて卵を買いに走り、山菜を採りにも出かけた。
フランが熱を発した時の薬や、手足をマッサージするオイル、床ずれに使う薬湯も作り続けた。フランの介護と家事に加えて薬草畑の手入れもあり、毎日はとても忙しく過ぎていった。
唯一の友人であるカルラのように、身なりを整える余裕はなかった。でも不満はなかった。だってフランが居てくれるから寂しくなかった。簡単な意志の疎通ならできるくらいには回復しはじめ、次第に、良いか悪いかくらいは頭を縦か横に動かしてくれるようになった。上半身を高くして過ごす時間は長くなっていき、ルーナの話を聞ける時間も長くなった。