災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
「え? まって、してないよ!」
 聞き間違いだろうか。誰が、誰を、誑かしたというのか。

「とぼけるの?! さっき見たんだから、うちの人にしなだれかかってるところ! 魔女ってこと以外なんの取り柄もないくせに! フランの病気を利用して人の亭主を色仕掛けだなんて図々しいったら! この『災厄の魔女』! 魔女のくせにポーションしか作れないし、フラン以上に魔法を使ってこの町を豊かにしてみせなさいよ! 何のためにこれまで優しくしてやったと思ってんの?!」
 言い返す余地も与えてもらえず、ただカルラから一方的に言われるがまま、ルーナは固まっていた。どうしてそういう話になったのか皆目わからない。あれを見て、ルーナから言い寄ったと判断したカルラの頭を疑った。

 フランのお遣いで町へ出るようになった頃、初めて声をかけてくれたのがカルラだった。魔女だというルーナのことを受け入れてくれて、必要なものはあの店、それならあっち、と町を案内してくれた。フランの娘なら、と親切にしてくれていたのだ。
 ルーナより年上のカルラは、フラン以外で唯一相談ができる相手だった。カルラの愚痴や悩みも何度も聞いてきた。

『ルーナがいてよかった、心強いもの』
 そう言われて嬉しかった。お揃いの髪飾りをつけて楽しかった。フランが寝込んで困っていた時、委託販売できると声をかけてもらってとても助かったしありがたかった。心強かった。カルラが友だちでよかった、そう思っていたのに、それはルーナだけだったのだ。

 カルラの夫とは納品の際に必要事項を話すだけで、ルーナから誘ったことなど一度もなかった。二人きりになったって店のカウンター越しだし、友人の夫をそういう目で見る事などあり得ず、欲情した事だって一度もなかった。そもそも、友人の夫にはこれっぽっちも興味がないというのに、どうしてそういう話になっているのか。
 
 この時カルラが大きな声で言い放った『災厄の魔女』という言葉は辺りにも響いていたようで、カルラと別れたあと、卵を買おうと寄った養鶏場で早速言われてしまった。

「すまないが、災厄の魔女に物を売るのはちょっと……」
「え……お金ならあります、これで買えるだけの卵を」
 すまない、を何度聞いても納得できない。

「それなら、今日を最後にしてもう二度と来ませんから、一個だけでもお願いします、フランに栄養のあるものを食べさせたいんです。売っていただけませんか?! 私が触れたお金を受け取るのが嫌なら、ここに置きますから、一昼夜土に埋めた後で水洗いでもして」
「フランの事は気の毒だ、これまで世話になった。だが――」
 何とか一個だけでも欲しかった。売らないの一点張りに、落胆した。

 状況は翌日以降、更に悪化していた。
『災厄の魔女』という言葉は町中に広まっていて、ルーナの触れた物が家にあると災いが降りかかる、店は落ちぶれる、と謂れのない噂が横行していた。ルーナの姿が見えると途端に人々は顔を逸らし、彼女はそこに存在していないかのように、声を掛けても返事すらしてもらえなかった。
 顔を出すといつもにこやかに応対してくれていた穀物店の店主も、客が買い物をしているにも関わらず、ルーナが近づくと表の扉を閉めて施錠までした。
 店を閉めるのが遅れた店を見つけて藁にも縋る思いで声を掛ければ、今ある商品は予約品だからあんたには売れない、と、竹串一本すら売ってもらえなかった。
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