この問題がわかりません
入学式は、とどこおりなく終わった。
制服も、学用品も、卒業生たちがかき集めて取り繕った。
「中学をやめさせられないようにがんばるから。」
碧は満面の笑顔だった。
係も、掃除も、一生懸命だった。
「がんばったら、まだ学校をやめなくていい?」
「中学校は、義務教育っていって、みんな卒業までいてもいいんだよ。」
碧は義務教育なんて知らない。
碧の生きてきた、ほんの12年ほどの間に、どんな出来事があったのかは、語ろうともしてくれない。
誰とでも笑顔で接する碧は、すぐにたくさんの友だちに恵まれるようになった。真っ黒なストレートの髪と、透けるように白い肌。瞳は黒く、強い。人なつこく、明るくやさしい性格も、しなやかで運動の得意な碧は、すぐにみんなの人気者になった。
信じ合える仲間たちが、できたと思った。
勉強だけは絶望的だった。小学校の内容を知らないのだから、当たり前なのかもしれない。
問題行動は一切報告されなかった。
そのわけも、わかっている。碧は、自分が中学にいてはいけない存在だと思っていた。わずかでも、学校の誰かに、邪魔だと言われたら、ここを去るしかない、と感じていたからだ。誰からも、けっして邪魔だと思われないように、頑張って、頑張って…。

そして5月の連休が明けたころ、役所のある課の人が数人、学校にやってきた。
学校の予算も、先生の定数も、生徒数によって決定される。そこで水増しがおこると、学校全体の責任になる。
いるはずのない碧の在籍について、調査が入ったのだった。
予算をつかさどる役人なのか、子どもへの配慮はない。
授業の合間の時間、碧は同級生に囲まれていた。いつもの笑顔にしか見えなかったが、人一倍敏感な碧は、自分のことが話題になっていることに気づいていた。目線がときどきこちらに向くのがわかった。それでも表情には一切あらわすことはない。ただ、僕には、狼狽していることがすぐにわかった。
いいか、碧には何の罪もない。何もこわがることなんて、あるはずがない。碧にも、中学を卒業するまで、中学生でいさせてもらう権利があるんだ。よく今日まで、生きていてくれた。
そんなことを言っても、碧には理解はできないだろう。でも、ただおびえる姿を見ると、感情がたかぶってしまった。
おとなげなく、来た人に激しい口調になってしまった。
「この子を殺せば、それで問題が解決するっていうことなんですね。」
しまった、聞こえてしまった。誰に?
調査に来た人にじゃない。碧に、だ。
碧は、僕が迷惑をこうむることがあると、自分を責めてしまう。そういう子だった。
調査は無事に終わった。
「先生、ごめん。わたし、勉強も、学校をやめさせられないように、ぜったいがんばるから。」
どれだけ学校生活をがんばったら、中学生でい続けられるんだろう…と、碧はいつも考える。中学校に、受け入れてもらえたという安心感だけを求めて。
学級の役員を務め、部活にも入っていた。
たしかにテストの点数は、低かった。
勉強なんて、知らない子だったから。
自分が勉強できないから、ふつうの中学生みたいなことができないから、きっと僕が責任を問われている…と、碧は感じていたのだった。
「碧は、卒業するまで、ここにいていいんだよ。約束していい。」
信頼まではしてくれなかったが、期待はしてくれたみたいだった。
< 2 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop