野良狼と野良少女
「どうしても飲まねえって言うなら強制的に飲ませる」
「飲まないよ、強制的っていみわかんない。どうやって?」
「…口移し」
ペットボトルの水を口に含んでゆらりと近づいてくる一ノ瀬くん。
その大きな体が私に影を落とす。
「そんなの冗談に…」
冗談に決まってるでしょ
そう言おうとしていた私の口からはそれ以上の言葉が紡がれることは無かった。
代わりに、あたたかい温度からゆっくり伝わってきたのは冷たい液体と、それから錠剤。
頭が真っ白になった私はなすすべも無く、それを受け入れた。
「な、んで…」
呆然とする私の口をカーディガンの袖で軽く拭き、焦る様子もないその男。
「予告したろ」
「う、うつったらどうするの」
「お前がやられる程度の雑魚風邪菌に俺が負けるわけないだろ。」
この人にとって口づけは大したことないことなのだろうか。
顔色一つ変えることなくできることなのだろうか。
一ノ瀬くんが何を考えてるのか、本当にわからない。
「ひどい」
「いいから寝ろ。」
「わっ」
力の入らない体は一ノ瀬くんに軽く押されただけで再びベッドに沈む。
2度目の鱚。
ううん、2度目の “ キス ” は、少し苦い薬の味がした。
「…のせくん」
「いいから寝ろ。お前が弱ってると調子狂う」
ぼやける視界が最後に捉えたのは、私の頭を優しく撫でる一ノ瀬くんの姿だった。