野良狼と野良少女
「…母さんが死んだ日、大事な商談の日だった」
「…え?」
「昔から、冗談交じりによく言っていた。“ もし私に何かあったとしても、大事な商談や羅奈の危機と被ったらそっちを優先して。私はそんなに簡単に死なないんだから ” と。」
「お母さんが…?」
大事な商談があった日。
お母さんが事故にあって病院に運ばれた日。
じゃあお父さんがあの日病院に来なかったのは…
「その言葉を鵜呑みにして、商談を優先させたのは私だ。商談が終わったと同時に、息を引き取ったという連絡が来た時は心の底から後悔したよ」
お母さんのことが大事じゃないから来なかった。そう思っていたのに。
そんな背景があったなんて全く知らなかった。
知ろうともせずにただただお父さんを憎んでいた。
「会社を大きくすることが俺と母さんの夢だった。一生分稼いで、家族3人でゆっくり過ごそうと。」
お父さんの表情は読めなかった。
でも左手の新聞紙は握られた部分がくしゃくしゃになっていて、相当な力で握っていることが伝わってくる。