野良狼と野良少女
「あれ?人違いっすかね、すんません」
だからこのコンビニには来たくなかったんだ。
あの人のせいで好奇の目が集まって、囲まれて、あることない事言われて。
ああ、なんで忘れてたんだろう。
『叶野グループの社長の娘なんだろ?金よこせよ』
『いやだ……!』
幼い頃の記憶がフラッシュバックして頭が痛くなる。
本当に、もうやだ
あんな人の娘になんて望んで生まれたわけじゃないのに。
「……帰るぞ、羅奈」
ぐいっ
私の異変に気づいたのか一ノ瀬くんは手を引いた。
知られたくなかった。
叶野グループの社長の娘だなんて。
ただの野良猫、野良少女、その肩書きで十分だったのに。
「…お前はお前だろ、唇噛むのやめろ。血出る」
横断歩道を渡りきった先で一ノ瀬くんの指が私の唇に触れた。
その指先の温かさについ涙がにじんでしまう。
また、一ノ瀬くんに助けられてしまった。