強くてニューゲームな契約彼氏ー恋も愛も無理ゲーではありません
「……これを渡したくて今日は来て貰ったんだ。報酬。どうぞ」

 紙コップの横に封筒が添えられる。あかりはすぐさま押し戻そうとした。

「受け取れません! だって育成終わっていません」
「気にしないで、こっちの都合で中止にするんだ。明日引っ越しの期日じゃなかった? 餞別も兼ねてるから受け取って欲しいな」

 関係ないと突き放し、引越し先を聞かないくせ餞別を渡そうとするヨリ。
 ふいに指と指が触れ、彼はしっかり封筒を握らせた。
 手を握られて、あかりは彼の手の冷たさを知る。そうだ、ヨリだって緊張するし、ヨリだって怖いのだ。

「わ、私のせいで、すいません。私がウェディングドレスを着たいなんて言わなければ」
「なんでそうなるの? オレは楽しかったよ、お姉さんの育成。短い間だったけどありがとう」
「私も、私だって楽しかったです。でも」
「でも?」
「ヨリさんが声を上げて笑うの、見てみたかったです。これでおしまいは寂しいです」
「……そっか。残念だけど、お姉さんのお願いをきいてあげる時間は終わったよ。声を出して笑ってはあげられない」

 シンデレラの魔法が解けると告げるヨリの顔は優しい笑顔。あかりもそれに応え、部屋を出るまでは泣かなかった。
 泣かないくらいしか、あかりがヨリにしてあげられる事が見付からない。

 ヨリは窓からあかりがマンションを去るのを見届け、緊急と銘打ち配信を始める。
 即座に多くのヨリスが集まり、説明を求めるコメントが大量に打ち込まれた。

「こんにちは。今日はまず報道されている件について、オレの口からみんなに話をしたいと思います」

 不祥事を起こした訳ではないので口調はいつもと変えない。襟足を染め直さず、スーツを着用していない事で謝罪ではなく釈明を意図する。

「かの写真ですが、進行中の企画が撮られてしまい、オレは結婚していません」

 ヨリは左手の薬指をかざす。

 未婚の文言と空っぽの薬指をとれ、ヨリスは大盛り上がりする。
 この配信回は収益化しない設定をしてあるため投げ銭を行えないが、通常時のヨリならここで数十万を稼ぐ。

 ーーだよね、ヨリがあんなオバサン相手にするはずないのに、みんな騒ぎ過ぎ
 ーー女が写真を流出させたんじゃないの?
 ーーあの写真が出て、得するのって彼女だけだもん

 やはり、あかりへの非難が集中する。
 すごい速さでコメントは流れても、ヨリは馴染みのヨリスのアイコンを記憶しているので彼女等の発言を拾う。

「企画が後発ではないかとの指摘もあるので、編集中の動画で見苦しい箇所が残っていますが、公開したいと思います」

 画面を暗転させ数秒、冒頭のナレーションが聞こえてくる。

「ある日、Aさんは【恋人と人生のパートナーは別、ひとりの女性に全部求めるのは無理】だと言われて振られてました。オレは無理ゲーじゃない、見返してやろうとAさんの育成に着手しました」
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