課長に恋するまで
「はい」

 背を向けたまま一瀬君が返事をした。

「マグカップ置いたままですよ」
「ああ、そうですね。片付けなきゃ」

 一瀬君はそう言って、立ち止まったままでいる。

「課長、お願いがあります」
「何ですか?」
「私から視線を逸らしてくれませんか?今、課長に見せられる顔をしてないんです。こんな酷い顔さらせません」

 涙混じりの声に胸が締め付けられた。心配になる。
 マグカップを持って一瀬君の方に歩いた。

「課長、わがまま言って、すみません」
 
 一瀬君の背中の前で立ち止まった。
 いつも以上に華奢な背中に見える。

「どうぞ」

 後ろからマグカップを差し出すと、驚いたように細い肩が揺れる。

「背中を向けたままでいいですから、受け取って下さい。顔は見えませんから」
「すみません」

 背を向けたまま一瀬君がマグカップを受け取る。

「悲しい事があったんですね」

 後ろで髪を一本にまとめた頭がコクンと静かに頷いた。

「背を向けたままでいいから、話してくれませんか?」
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