課長に恋するまで
「美月さんは悪くありません。ジェットコースターは怖かったけど、楽しかったですよ」

 私を安心させるような穏やかな表情を平野さんが浮かべてくれる。
 楽しかったと言ってもらえて、少しだけほっ。

「だから、謝らないで下さい」
「でも……」
「美月さんと一日過ごせて本当に楽しかったんです」
「唇が腫れてるのに?」
「それも含めて楽しいんです」

 笑っていた眼鏡の奥の瞳が急に真剣なものになる。
 じっとこちらを見つめ、平野さんが静かに言った。

「美月さんの事が好きですから」

 好き……。
 
 男の人に好きだと言われたのは初めて。
 大学時代の彼に好きだとは言われなかった。
 ただ、「俺と付き合わない?」と言われて、頷いただけだった。

 好きだと言われて、単純に嬉しい。

 だけど、恋愛感情は少しも湧いてこない。
 平野さんっていい人だなと思うぐらい。

 やっぱり私は人を好きになれないの?

「そんなに困った顔しないで下さい」
 
 黙っていると平野さんに言われた。
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