課長に恋するまで
 ケーキを食べ終わった後も課長と喫茶店で話していた。

 課長の子どもの時の話を聞いた。

 課長の実家は仕立て屋で、お父さんはイギリスの高級紳士服店が集まるサヴィル・ロウにある店でテーラー修行をした程の腕利きの職人らしい。

 今、軽井沢にあるお店はお兄さんが継いでるそうだ。

 課長もお父さんのようなテーラーになろうと思ったらしいが、小学生の時、仕立てに使う大きな(はさみ)で遊んでて、指を切断しかけて、鋏が怖くなったらしい。

「ほら、これが傷跡」

 課長が左の人差し指を見せてくれた。
 第一関節の所に確かに古い傷跡がある。

「もう痛くないんですか?」

 課長が目を細めて笑う。

「七才の時の事だからさすがに痛みはないです。でも、鋏は今でも少し怖い。トラウマって言うのかな。指が取れかかった光景が頭に焼き付いてしまってね」

 自分の指が取れかかるだなんて、想像しただけで痛々しくて血の気が引く。

「仕立て屋の息子のクセに裁縫は苦手で、家庭科はいつも2でした」
「課長、料理は上手じゃないですか。それで2なんですか?」
「学生の時は料理しなかったんです」
 
 課長が苦笑を浮かべた。
 その笑い方がなんか可愛い。
 
 年上の人に可愛いなんて言ったら怒られるかな?
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