課長に恋するまで
 受け止めてくれた人も同じカバーがかかった文庫本を持ってた。

 それで、背表紙が折れてた。

 多分、受け止めてくれた時に折れちゃったんだ……。

 今頃になって思い出した。

 そういえば課長のネクタイ、紺色だった。
 柄までは見なかったけど。
 身長も、あの男の人と同じぐらいな気がする。
 声も似てた……。

 えっ、嘘……まさか。

 まさか、そんな事ないよね。
 課長が今朝の人だなんて。

 いくらなんでも、ないよね。
 そんな偶然ある訳ない。

 カバーだって東京駅の書店のだし、別に珍しいものじゃない。
 背表紙が折れてるのだって、よくある事じゃない。
 きっとカバンの中にでも仕舞ってて、折れちゃったんだ。
 今朝の人と関係がある訳ない。

 そうよ。ある訳ない。

「一瀬先輩!」

 間宮に呼ばれた。

「石上主任が至急、第二会議室にコーヒー十個って」

 間宮が自分の席で受話器を持ちながら、大きな声で言った。
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