課長に恋するまで
「一瀬ちゃん、ごめん、急に気持ちが緩んで」

 鈴木さんがじんわり浮かんだ涙を拭う。
 そのタイミングで刺身の盛り合わせなど、注文していた物が届いた。

「食べよう。お腹すいちゃった」

 鈴木さんがお刺身に箸を伸ばした。

「カツオ美味しい!まぐろも!」

 美味しそうに食べてるけど、やっぱり鈴木さん、何だか悲しそう。

「香港の仕事、上村課長、うちの課に来てから一番大きな契約だよね」

 鈴木さんが思い出したように口にした。

「課長、今年に入ってから月一で香港、行ってたよね。そういえば課長って愛妻家なの知ってる?」
「愛妻家なんですか」
「去年の忘年会で聞いたんだけど、奥さんに一目惚れだったらしいよ。それで奥さん、年上なんだって。ピアノの先生をしてたって言ってたかな。課長、奥さんと付き合いたくて、ピアノもないのに奥さんがいるピアノ教室に一年通ったんだって」

 紀子の事があって忘年会には行かなかった。
 初めて聞く話に胸が苦しくなる。

「課長、奥さんの事、大好きだって言ってたよ」

 鈴木さんが笑った。
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