課長に恋するまで
「恋人ぐらい作ればいいのに」
 
 ため息交じりに葵が言った。
 最近、そういう事をよく葵に言われる。

「お父さん、私と真一に遠慮しなくていいからね。お母さん以外の人を好きになってもいいんだよ。むしろ、その方が安心だから」

 早くいい人と結婚して安心させて欲しいと、うるさく言う母親みたいな口ぶりだ。少々うっとうしいが、心配してくれるのも嬉しい。

「お父さんの事より、葵こそ遠慮なく嫁に行っていいからな」

「……うん」
 微妙な間の後に葵が恥ずかしそうに言った。

 まさか、その反応は……。
 まさか……。

「葵、結婚するのか?」
 
 大きく心が揺れる。
 スマホを掴む手に力が入った。

「先週の誕生日にプロポーズしてもらったの」

 不意打ちだ。
 
 いきなり後ろから蹴り飛ばされたようだった。

 知らなかった。葵にそういう相手がいたなんて。

 魂が抜けたみたいになった。
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