課長に恋するまで
「課長!」

 男性たちの輪を抜けて、一瀬君がこちらにやって来た。

「課長、声かけて下さいよ」

 少し怒ったように一瀬君が言った。

「慣れない場所に緊張してて、いっぱいいっぱいなんですから」
「楽しそうに談笑してたから遠慮したんです」
「遠慮しないで下さい」
「すみません」
「課長、こっち」

 一瀬君に腕を引っ張られた。
 そのままバルコニーの端まで連れて行かれる。
 
 誰もいない場所だった。
 隣の大広間から楽団が演奏するムーンリバーが聴こえてくる。
 ジャズアレンジされたもので、ピアノとウッドベースの音色が情感たっぷりに響いていた。

 夜空には琥珀色の美しい満月が出ている。
 ロマンティックな夜だ。

 月明りに照らされた一瀬君がより一層美しい。
 こんな事思ってはいけないと思うが、赤いルージュを引いた唇は魅力的で、キスしたくなる。
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