課長に恋するまで
「だから私は人間としておかしいんです。恋愛感情が多分、欠落してるんです。そのくせ恋愛したいって理想があるから、イヤになります」

 喉の奥に熱いものがこみ上げてきて、泣きそうになった。
 話しながら自分がどんどん情けなくなってくる。

 コーヒーを飲んで泣きそうな気持ちも一緒に飲み込んだ。
 課長を見ると心配そうな顔をしていた。

 いけない。

 出会って2日目の上司にする話じゃない。
 自分の事を話し過ぎた。

「すみません。重たい話をしてしまって」

 課長はコーヒーを飲んで、それから考えるように私の顔をじっと見た。

「一瀬君」
「はい」
「大丈夫ですよ」
「え」
「きっとそう思える人にまだ出会ってないだけなんだと思う」
「出会ってないだけ?」
「恋って無理矢理するものじゃないから。自然とそういう気持ちになる人にまだ会ってないだけなんだよ」
「でも、私はそういう気持ちが欠如してるのかも」
「そんな事ない。僕だって妻に会うまでは本当の恋がどんな物か知らなかったよ。なんて、おじさんに似合わない言葉だな」

 課長が照れ臭そうに笑った。

「課長は奥様に恋をしたんですか?」
「物凄く強烈なやつを」 

 そう言った課長は愛情深い、優しい目をしていた。
 本当に奥さんの事が好きなんだなって感じた。

「うらやましいです。私もそんな恋してみたい」
 ため息が漏れた。

「大丈夫。きっとそういう相手に巡り会えるから」 

 課長が穏やかに微笑んだ。
 胸の奥がまたざわざわした。

「出ようか。もうすぐ11時だ」
 課長が空のコーヒーカップを持って立った。
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