課長に恋するまで
「課長、あの時何か言おうとしてましたよね。でも、電話がかかって来ちゃって」
「大した事じゃないんですけど」
「聞きたいです」
 
 一瀬君が真っすぐに目を向けてきた。
 綺麗な大きな目をしてる。その瞳は好奇心で輝いて見えた。

「いいですよ。あの日の事はよく覚えてるんです。朝から印象深い事がありましたから」
「印象深い事?」
「実は地下鉄の駅で階段から落ちて来た女性を受け止めたんです」

 一瀬君の瞳が揺れた。

「それで、ネクタイにその女性の口紅がついてしまってね」

 一瀬君の表情が真剣な物になる。

「ネクタイを替えたんですか?」
「そうです。会社でみんなに挨拶した時はこのネクタイはしてませんでした。でも、それまでは付けてましたよ」

 一瀬君が口に手を当てた。そして信じられない物を見るような顔をした。
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