課長に恋するまで
 会社に着く頃には何とか冷静さを取り戻した。

 階段から落ちて、下にいた人に受け止めてもらったのは不幸中の幸いだった。
 あの男の人がいなかったら、大けがしてた可能性だって大いにある。

 なのに、お礼も言わず、顔も見ていなかった。
 はぁ。26才にもなって情けない。
 
 連絡先を交換して、あとでお礼をするべきだった。

 更衣室で制服に着替えながら反省した。

 バックから取り出した、制服のシャツがよれよれだった事にさらに凹む。
 アイロンをかけてくるのを忘れた。襟の所がよれよれだ。

 大学生の頃から一人暮らしをしていて手狭になったから、先週、今の所に引っ越したばかりだった。

 土日は引っ越しの荷物を片付けるだけで気力を使い果たし、アイロンをかける事なんて頭にもなかった。

 まあ、いいか。
 上にカーディガンを羽織るから目立たないよね。

 肩まで長さのある髪を後ろで一本に結び、仕度が完成。

「おはようございます」

 間宮が更衣室に入って来た。
 金曜日とは違い、元気そう。

「一瀬先輩、何かあったんですか?」

 顔を見るなり言われた。

「別に」
「いや、何かありましたよ。だって、シャツのボタン一段ずれてますよ」

 間宮がクスクス笑った。

 えっ?

 よく見ると、一段ずつボタンがズレていた。
 子どもみたいな失敗に苦笑が浮かぶ。

「で、何があったんですか?」

 間宮が好奇心いっぱいの目を向けて来た。
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