僕の素顔を君に捧ぐ
如月はシャワーから戻ると、キッチンの優花の横に立ってスムージーを飲み始めた。
うっとりするような甘くて艶っぽいシャンプーの香りに、めまいがしそうになる。
「台所は私がしますので、テーブルで召し上がってください」
如月は応えもせず、優花の持っていたドリップポットを奪いとり、フィルターの中のコーヒー豆に湯を注ぎ始める。
「如月さま、それは私が…」
「自分で淹れたほうが美味いから」
「わかりました」
優花は悔しさを胸に押し込んで、一歩下がって如月のハンドドリップを見つめた。
その動きは優雅で、いつまでも見ていたい気持ちになった。湯を注がれたコーヒー豆までもが嬉しそうにふっくらとして、かぐわしい香りを立てている。
如月は色違いのマグカップをふたつ棚から取り出し、湯で温めたあと、出来立てのコーヒーで中を満たした。
「きみも、飲みなさい」
オリーブ色のマグカップを優花に手渡し、自分はネイビーのカップを唇に近づけた。
「えっ…あっ、ありがとうございます」
(おそろいのマグカップで如月琉星とモーニング珈琲なんて…幸せ過ぎない?
私何百万人というファンにきっと殺される…でも今のこの喜びを思い出せばきっと何度でも生き返れる…)
「美味しい…」
優花は口いっぱいに広がる甘やかな苦みに思わず笑みがこぼれた。
幸福感に舞い上がったのもつかの間、如月は今日やっておくことを立て続けに指示しはじめた。
各部屋の雑巾がけ、ワンダーの餌づくりと散歩、ベランダの清掃、観葉植物の手入れ…矢継ぎ早に伝えられる指示を必死にメモしていると、玄関のドアが開いた音がした。