僕の素顔を君に捧ぐ
新しいマネージャーの小野だった。小野は飛び掛かるワンダーに及び腰になりながら、今にも逃げだしそうな格好で玄関ドアに痩せた体を押し付けた。
「お手伝いさん!助けて!」
気弱そうな小野は、声を震わせて叫んでいる。
優花は如月をじっと見た。
ここは小野を助けていいのか、小野が犬をなだめるのを待つのか、どうすべきかわからなかった。
良かれと思ってやることが裏目に出てばかりで叱られ続けた優花は、咄嗟の判断に臆病になってしまっていた。
「なにじろじろ見てるんだ、はやく、助けてやれよ」
如月はふいっと体の向きを変え、自分の上着を取りに行ってしまった。
優花はワンダーに駆け寄って首輪を掴んだ。
「ワンダー、おすわり」優花が言うと、大きな体を優花の横につけて腰を下ろした。
如月と小野を見送ると、優花はため息を吐き出し、部屋の清掃に取り掛かる。
「じろじろ見るな、って言われちゃった」
棚の拭き掃除をしながら、ひとり呟く。
優花は、依頼主が要求するものを知ろうと、相手の目をじっと見つめる癖があった。
お客様が喜んでいるか、困っているか、目の奥の感情の揺らめきを読み取るためだ。
「顔を見なくちゃ、何をどう考えてるかわからないよ。ねえ、ワンダー、そうでしょ?」
ワンダーは目をキラキラさせてしっぽを振りながら嬉しそうについて歩いて来た。
「お前は分かりやすいね、おやつが欲しいんでしょう」
優花がペット用の缶から小さなビスケットを取りだすのを見たワンダーは、まっすぐな姿勢で座り、しなやかに前足を差し出して自分からお手をした。
「ワンダー、とってもいいこね」
ワンダーはおやつを食べ終えると、もっと褒めてと言うように、ごろんと仰向けに寝転んだ。
「なんて甘えん坊さんなの?ご主人に愛情注いでもらってるのね」
しっぽを振りながら一度廊下に出て行き、再び優花のところへスキップするように戻ったワンダーは、これで遊んで、と言うかのように、咥えてきた太くて短いぼろぼろのロープをブンブン振って見せる。
如月がワンダーの相手をしてロープに噛みつかせる姿が目に浮かび、優花は思わずくすっと笑った。
「ご主人様はツンデレなのかな?」