僕の素顔を君に捧ぐ
その日は深夜になってもなかなか寝付けなかった。
依頼をされた時は、断りたい、そう思っていた仕事なのに、今となっては、断られたらどうしよう、と思っている。
居ても立ってもいられない想いになって社長の携帯に電話をかける。
「社長、私、如月さまの気分を悪くしちゃったたみたいで…」
「今袴田副社長と飲んでて、ついさっき如月さんから電話が来て、優花に悪いことしたって言ってたよ」
「本当?」
「大丈夫、大丈夫。あんたはいつも通りの仕事をすれば問題ないって」
社長の声は微笑んでいた。
「明日も早いよ。くよくよする必要ないんだから、よーく寝なさい」
「わかりました。でも社長」
「なあに?」
「起きられるか不安だから、モーニングコールして?」
「あはは。オーケー。電話する。おやすみ」
自分が原因ではないと分かり、ひと安心した優花は、社長の電話にたたき起こされて翌朝も4時に出勤した。
起きてきた如月からは、昨晩の暗く重苦しい態度は消えていた。
昨日の朝の冷たい態度、つまりいつもの如月に戻っていて、同じようにドリップコーヒーを淹れてくれたのだった。
冷たくて、美しくて、時には底知れぬ深淵に落ちたように暗く、ある時は爆発するように予想外のことを指摘して怒る如月琉星。
―つかみどころがないひと
優花は不思議に思いながらその横顔を盗み見た。