僕の素顔を君に捧ぐ
だとすれば、如月の素顔は…

優花はついさきほどの如月を思い出した。柔らかい声、優しい眼差し、少し甘い話し方…。
あれが、素顔の如月琉星…
優花の胸が熱くなった。

どうしよう。やっぱり私、如月琉星が好き。そう思ったとたん、ついに涙が溢れだした。


「僕さ、役が憑依するんだ。撮影が終わった後も、役が抜けるまで大変なんだ。けど、今回は違った」

突然、息を切らして話す如月の声が背後に聞こえた。振り向くと如月が微笑んでいる。
大きな画面に映し出されている有名な俳優が、人の流れの中に立ち止まっているのに、驚くべきことに誰一人として彼に気づいていない。物静かで穏やかな如月琉星が、そこにいた。

「きみに見つめられて、すぐに素の自分に戻れた。その目で見つめられたら、本当の自分はごまかせない」

腕を引かれ、胸元に収まった。

「君との契約は昨日で終了…けど今日からは、恋人としてそばに居て欲しい」

優花は如月の胸に顔を埋めた。こみ上げる嬉しさが、さらさらと流れる涙になって頬を濡らした。

「如月さん、すき。だいすき」



二人を残して、人だかりはせわしなく交差して往来する。

「不思議。誰も気づかないのね」

「かもね。僕は君にしか素顔を見せないから」

顎を引き上げられ、キスをする。

点滅する青信号に、人波が急ぎ足になる。赤信号に変わると、車がけたたましくクラクションを鳴らした。
優花と如月は見つめ合い、悪戯っぽく微笑んで、またキスをした。

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