僕の素顔を君に捧ぐ
結局優花は如月のマンションに戻り、休養中の如月と寝食を共にすることになった。

優花はこれまで同様、家事全般を引き受けていた。

けれども如月は、優花が洗濯物をベランダに干そうとすると、すっと横からハンガーを受け取り、小柄な優花の代わりに物干しにかけてくれるし、食器を洗えば、隣に立って拭き上げて片付けてくれる。

如月は掃除も洗濯も料理も、ごく自然に器用にこなした。優花との共同作業を楽しんでいるようでもあった。



ある日、如月が夕食を作ると申し出てキッチンに立った。

「優花に、僕の料理を食べて欲しい」

如月は袖をめくりあげると、高級そうな肉の塊に下味をつけ、フライパンで焼き始めた。

「如月さんの方が料理が上手ってわかったら私、ちょっとへこむ」

優花は隣に立ち、如月が使った器具を流しで洗いながら、頬を膨らませた。

「技術は僕のが上かも…」

「毎日一所懸命作ってたんだから、そんなこと言わないで」

優花は拗ねたように言った。如月が焼き色のついた肉を野菜とともにオーブンに入れる。

「冗談。優花の料理は僕にとって世界一だよ。その日の僕の状態を知って、毎日作ってくれる」

如月は微笑んで、調理台を拭く優花を、後ろから抱きしめた。


―有名人で、見た目も抜群に魅力的。仕事ができて、家事も全般こなす、完璧すぎる人。

優花はうっとり如月の顔を見上げた。

「如月さんて、これ以上なにか望むことってある?」

胸の高鳴りをごまかそうと、優花は平静を装って尋ねた。

「あるよ」

如月は優花を長い腕で包んだまま答える。

「どんなこと?」

「優花に、名前で呼んでほしい」

吐息交じりの囁きが、優花の耳を熱くした。

「りゅ…琉星、さん」

「もう一回呼んで?」

「琉星さん」

如月は優花の身体を翻して自分に向け、もう一度ぎゅっと抱きしめた。

「優花…」

「琉星さん」

如月が優花に、三度目のキスをする。

華奢な体を軽々抱き上げると、キッチンを出た。

「琉星さん、お料理途中」

「だめ…もう我慢できない」



二人だけの甘い時間を味わったあと、ローストビーフとグリル野菜のディナーを挟んで向かい合ったのは、夜も更けるころだった。
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