愛のかたち
「こちらのご夫妻、今日が結婚記念日だそうですよ。結婚三十周年だって」

 野上が翔に声を掛けた。

「へえ、そうなんですか。おめでとうございます」

 翔はよそ行きの笑顔で主人に言ってから、「こちらに同じもの」と健太に声を掛けると、間もなく主人と夫人の前にも生ビールが運ばれた。
 気を遣う主人に、半ば強引に「おめでとうございます」と翔がジョッキを寄せると、主人はそれに自分のジョッキを合わせて、夫人と共に「ありがとうございます」と言って照れ笑いを見せた。

「三十周年ですか……すごいですねぇ」

 翔が言った。

「いえいえ、私は何も。妻だからここまでやってこれたんですよ。妻には感謝のひとことです」
「やだわ、恥ずかしい。この人、昔からすごく優しいんですよ。いつも私を優先してくれて」

 主人の言葉に夫人ははにかんだが、嬉しそうにそう話した。

「お子さんはいらっしゃるんですか?」

 翔が主人に尋ねた。

「子供は息子と娘、どっちも結婚してもう家を出てるから今は二人だけど、週末は孫を連れて遊びにくるから賑やかだよ」

 とホクホク顔で返してから短く息を継ぎ、主人は続ける。

「息子は荒れた時期があって大変だったんだけど、妻が本当によくやってくれてね。『あなたは毎日外で仕事頑張ってくれてるんだから、家のことは私に任せてください』なんて言ってくれて。妻には頭が下がるよ」

 感嘆の溜め息を漏らした主人に、彩華は見とれていた。誇らしげに妻を語る主人が、とても素敵に見えたからだ。

 会話が弾み酒が進んでほろ酔いになった主人は、「これ以上飲んじゃうと、帰って妻に迷惑かけるからこのへんで……」と言って、夫婦は長居せずに店を出た。
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