初めては好きな人と。
「それでは、私は会社に戻りますね。美月さん、何か必要なものがあればいつでもご連絡ください」
「いつもありがとうございます」
お礼を言うと、護は立ち上がって彼女を見送りに玄関へと向かう。私はソファからその姿を見届ける。
リビングドアはガラスが多いので、閉められていても二人の姿ははっきりと確認できるのだ。
ほら、今日も始まった。
玄関で靴を履いた柿田さんは必ずそこで数分、護と立ち話を始める。
柿田さんが笑顔で護に何かを言っている。そして護は嬉しそうな表情でそれに何かを返していた。
今日はましなほうだ。
この前なんか、柿田さんが護に耳打ちして、護は頬を染めていたし…。
二人とも私がここから見てるなんてことにも気づいてないんだから。
それに、前にリビングドアが開いていて、二人が下の名前で呼び合っているのを聞いてしまった。
『ねぇ、護くん。美月さんが心配なのはわかるけど、さすがに2週間も出社しないのはまずいんじゃないの?』
『うんー…、でもなぁ…今はやっぱり一人にしたくなくて。そこは英美理さんの腕でなんとか頼むよ、この通り!落ち着いたら焼き焼き亭の食べ放題おごるから!』
『仕方ないわねぇ、社長にも私からそれとなく言っておくわ』
『ありがとう、英美理さん。持つべきものは優秀な秘書だね』
『ったく、調子いいんだから。約束忘れないでよ!じゃぁね~』
その、あまりに仲の良いやり取りに、どうしようもなく嫉妬してしまった。
それに、どうして、私の前では取り繕っているんだろう…という疑問も同時に生まれた。
私は別に会社の人間でもないのに、白々しく名字で呼び合って、私がいないところでは名前で呼び合うなんて…。何か後ろめたいことがあるんじゃないか、と変に勘ぐってしまう。
一緒に暮らせて、護のそばにいられて、私のことを大切だと、好きだと言ってくれてるのに。それだけで充分幸せなのに。
「はぁ…」
胸のもやもやはどんどん濃くなるばかりで、消えてくれない。
「美月」
戻ってきた護が、ソファの後ろから私を抱きしめる。
「びっくりした」
「ずっと我慢してたから、つい」
柿田さんも帰ったし、と護は頬にキスをする。ちゅっとわざとリップ音をたてて。
「美月?」
無言の私を不思議に思った護が、顔を覗き込んでくるのがわかり、私は反対側に顔を背けた。不機嫌な顔を見られたくなかった。
「ごめん、ちょっと寝室で休んでるね」
「あ、うん…わかった」
かわいくない。
護は変わらず私に愛情を持って接してくれてるのに、素直に受け止められない自分が嫌だ。
護の何か言いたげな視線から逃れるように寝室に逃げ込む。
疲れているわけではないのに、ベッドに横になって目を閉じたら、眠りに落ちていた。