初めては好きな人と。
「こんにちは」
教会の入口までの道を庭を眺めながらゆっくりと進んでいると、扉が開いて中から高齢の女性が顔を覗かせて挨拶され、私は慌てて頭を下げた。
「こんにちは!すみません、勝手にお邪魔してしまって」
女性は、ゆっくりと階段を降りて私の前まで来ると、「良いんですよ」と微笑んだ。
「ここは教会です。いつでも誰でも私たちは歓迎します」
「あ、ありがとうございます。お庭も建物もとても素敵ですね」
「そうでしょう、築60年以上になる由緒ある建物なんです」
「そうなんですね…、あの、中を拝見してもいいですか?」
「もちろんです、どうぞこちらへ」
女性に案内されて、私は教会の中へ入った。一歩足を踏み入れた瞬間、空気が一変したような不思議な感覚に陥る。石造りの教会は、内装も石がむき出しになり、天井は高く吹き抜けている。
正面の最奥には、高いところに作られたステンドグラスから柔らかな彩光が降り注いでいて、空気に光が揺れる様が、息を呑むほどに美しい。
「あの…、良ければお使いください」
何をだろう、と振り向けば、女性はハンカチを私に差し出していた。
「あ…」
そこで初めて、涙が頬を伝っていることに気づいて、慌てて手で拭った。
「だ、大丈夫です、自分のものを使いますので。すみません、ありがとうございます」
きっと、情緒不安定というのはまさに今の私のことなんだろう。涙腺が機能してない。
「主があなたをここに導かれたのかもしれませんね」
「え?」
「人は、弱っている時には何かに救いを求めたくなるものですから、主は、あなたに救いの御手を差し出されたのでしょう」
女性は、微笑んで私を椅子に座るよう促す。そして通路を挟んだ反対側に女性も腰を下ろした。
「それを、人々は『偶然』と呼び、私たち信者は『神の御心』と捉えます」
女性の声は、講堂の中に吸い込まれるように響いて消えていった。
「これも、何かのご縁です。良ければ、お聞かせいただけませんか?あなたの心の内を」
そう言われて、私は自分でも不思議なほど自然に口を開いていた。
「私…、自分に自信が持てなくて…、私のことを大事に思ってくれている人を信じられないんです…」
思いを言葉にすることで、また涙がじわりと滲んできてしまう。
「どうして、施設育ちで…、学もない私なんか、の、そばにいてくれるのか、わからなくて…っ」
嗚咽で上手くしゃべれない私に、女性は「ゆっくりで大丈夫ですよ」と優しい言葉をくれる。
「私がそばにいたら、いけない…んじゃ、ないか、って…思って…」
護の隣がふさわしいのは、柿田さんのような大人の女性で、仕事も家庭も支えてあげられるような人なんじゃないかって、働く二人を見て思っていた。