初めては好きな人と。
視界に入った護の上等なジャケットとネクタイに、私のファンデーションと涙の後がくっきりとついてしまっていた。一体、いくらするのか、このスーツは。そう考えたら顔から血の気が引いていく。
「シミになったらどうしよう、本当にごめんなさい、クリーニング代出すから、」
「良いよそんなの、大丈夫だから、気にしないで」
「そ、そう言われても…」
一人あたふたする私を笑いながら護は、ジャケットを脱いでネクタイを外すと椅子の背もたれに掛けた。そしてテーブルに置かれていた呼び出しボタンを押して、程なくして現れた店員に「お願いします」と一言告げる。状況の飲み込めていない私は、首をかしげるしかない。
「ここの料理は絶品なんだ。お腹空いちゃったから、美月も付き合ってよ」
もう…、どこまでも優しいんだから。
私が気を使わないための気遣いを、無下にするわけにもいかず、私は頷く。
「護は、なんにも変わってない」
それが、すごく、嬉しかった。
「美月は、すごく綺麗になったね」
不意打ちをくらって、赤面してしまう。そうだ、護は昔からよく私のことを「可愛い」と褒めて元気づけてくれていた。すっかり忘れていた。
「お、おだてたってもなにもあげないよ」
恥ずかしさを隠すように、そんな子供じみた言葉しか返せない自分がもどかしい。目の前の護は、こんなにも素敵な青年になったというのに。
肩をすくめて「それは残念だな」と茶目っ気たっぷりに笑う護に、ドキドキが止まらなかった。
「でも、今度改めてお礼させて?」
「お礼?」
「そう、助けてくれたお礼。私が出来ることなんて、何もないと思うけど…、何かリクエストある?あ、あんまり高いものは困るけど…」
「そうだなぁ、…じゃぁ、美月との一日デートが良いな」
「で、デートぉ?」
素っ頓狂な私の声に、護はその端正な顔に笑みをたたえて「うん」と頷く。
「長い間会えなかったから、少しでも長く美月と一緒にいたいんだ」
まるで恋人に言うような甘いセリフに、ますます心臓が早鐘を打つ。護はただ久しぶりに再会した旧友として言ってくれているだけなのはわかってるけど、免疫が無さ過ぎてどう返したらいいのかわからない。
「わ、私も、久しぶりだから色々話聞きたいな」
恥ずかしくて、うまく目も合わせられないでいると、護は私の両手をぎゅっと握りしめた。
その手は、私の手よりも一回り以上大きくて、男性の手だった。
けれども、あの日のぬくもりはそのままに、あたたかくて私の心も包まれるような心地になる。
「じゃぁ、決まりだね。今度の土曜日に迎えに行く」
それから私たちは、運ばれてきた豪華な食事に舌鼓を打ちながら、思い出話に花を咲かせた後、着物を返しに社長のお宅に寄る私を車で送っていってくれたのだった。着物で歩きにくい私を当然のようにエスコートする護の気遣いはまさに紳士そのもの。
私は、まるでお姫様にでもなった心地で、ふわふわした感覚は帰宅してからもなかなか消えなかった。