あの頃からあなただけが好きでした
今夜閉店間近、ひとりでスタール夫人は訪れた。
初来店から2、3回目までは夫の会頭殿といらっしゃった。
それからは女友達とランチタイムに4回。
同じく、女友達とディナータイムに2回。
そして今夜はひとりで来店した。
受付で、もうオーダーストップしたことを係が告げても、夫人は帰らず、俺を出すように言い付けた。
商工会トップの夫人なので、とりあえず係は俺を呼ぶ。
「来られる前にお酒を……結構な量を召し上がられているご様子です」
前回のディナーでテーブルに挨拶に伺った時、腕に触れてこられた。
今夜は早く帰りたいのに。
面倒くさいことになったな、と思った。
それで男性スタッフに、裏口から出てスタール家の使用人を呼んでくるように伝え、俺は受付へ向かった。
「あぁ、ブルーベルさん。
ちょっとだけでいいのよ、食事をしたいんじゃないの。
ちょっとだけ、ちょっとだけ……」
「如何されました?」
「家でね、すこーしだけ飲んだの。
でも、ひとりでね、淋しくなってしまったの。
それで何故か貴方と呑みたいなぁ、って思って来たのよ」
略奪という形で会頭夫人の座に就いた彼女は、今岐路に立たされていた。
2日前に会頭はここに若い女を連れて、ディナーを食べに来ていた。