【短編集】男子アイドルユニット「IM」の隠し事
前を向いてサングラスをかけ直したソウが、カーラジオのスイッチを入れて音楽を流し出す。
流れた曲はまだ世の中に出回っていない曲。ーー私達の新曲のデモテープだった。

「運転中も聴いてるの?」
「うん。早く覚えてしまいたいんだ。それに楽しみなんだ。水月と歌う新曲がさ」

振り向いた颯真は笑顔を向けてくる。

「新曲の『月光蝶』。幻想的なフレーズや歌詞も魅力的だけど、曲調が難しいんだ。だから今から練習したくて」
「それはわかったから、前! 前を向いて! 信号変わったから!」

水月に言われた颯真は、正面に向き直ると車を走らせる。

「水月はもう覚えた?」
「う~ん。覚えたといえば覚えたけど、まだ不安かな。光《ひかる》ならきっとすぐに覚えられると思うけど……」

バックミラー越しに水月の様子を伺いながら、颯真は気になっていた事を尋ねる。

「あの後、また光から連絡はきた?」
「ううん」と水月は首を振る。

「夏にあった生中継の音楽番組の日だったよね。あの時の光の様子だと、中継を観ていたみたいだけど」
「スマホから掛けてきたみたいで、掛けた場所はわかったけど、そこから全く行方が分からなくて……」

基地局から光が電話を掛けてきたのは、地方の田舎町だとわかった。
しかし、それ以上の足取りは、依然として不明であった。

「そっか。早く見つかるといいね」
「うん……」

水月が頷くと、車内には沈黙が流れたのだった。

颯真と水月の双子の兄である光は、人気アイドルや有名モデルが多数所属する五十鈴《いすず》芸能プロダクションの新進気鋭のアイドルユニットである。
颯真の名字の出島《いずしま》のIと、光の本名である茂庭《もにわ》のMを取って「IM」(イム)という二人組男子ユニットを組んでおり、今年デビューしたばかりであった。

しかし、デビュー直前に光が行方不明になってしまった。
光の家族や事務所が探したが、光の行方はわからないまま、デビューは近づいてしまう。

オーディションをやり直すにも、時間だけでなく広告や会場代などの莫大な費用がかかってしまう、それならその費用は光の家族に請求すればいい。
そう事務所が相談していた時に、光の代役として名乗りを上げたのが、光の双子の妹である水月であった。

身長や声は違うが、双子だけあって雰囲気も似ており、顔立ちも似ている。
そんな水月に光が戻るまで、光の振りをするように事務所は指示した。
光と同じユニットで、事務所が所有するマンションに同居する颯真と、事務所の社長、マネージャーといった一部の関係者以外には、秘密にするという条件で。

同じユニットで、同居人といっても、やはり他人である颯真には、なかなか光の正体を打ち明けられなかったが、仕事を通じて信頼関係を育み、打ち明ける事が出来た。
夏にあった遊園地の野外ステージでの音楽番組の生中継を始めとするいくつかの仕事を得て、ユニットの形らしくはなってきた。

事務所の駐車場に車を入れると、いつものように颯真は先に車から降りて、辺りを警戒する。
事務所の駐車場とはいえ、いつマスコミが潜んでいるか油断は出来ない。
車内の後部座席では、「光」になる為に水月が着替えをしている。
水月の着替えを覗かない配慮と、常にネタを探して事務所周辺を彷徨いているマスコミを警戒して、颯真は自ら見張りを買って出るようにしていた。

「ソウくん」

内側から窓ガラスを軽く叩いて、水月が合図を出す。
後部座席のドアを開けると、化粧を落として、女子らしいデザインの洋服を脱いで、男子ぽいシンプルなデザインの洋服に着替え、男子に人気のブランドのリュックを背負った水月が出てくる。

「もういいの?」
「今日は洋服の下に着ていたから」

水月は笑うと、さっきまで着ていた洋服をトートバッグの中に押し込んで、後部座席の下に隠すように置く。
男子に見えなくもない快活な笑顔。
でも、正体を知っている颯真の目には、ボーイッシュな女子が笑っているようにしか見えなかった。

助手席から自分の荷物が入ったトートバッグを持つと、車をロックする。

「今日は雑誌のインタビューだっけ?」

颯真の隣を歩きながら、水月が尋ねる。

「そう。写真撮影は後日でいいって。
外で撮りたいから、学校が休みの日の午前中に撮るからって」
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