実はわたし、お姫様でした!〜平民王女ライラの婿探し〜

32.行ってきます!

「忘れ物はない?」


 朝日の射し込む玄関口。お母さんは微笑みつつ、小さく首を傾げる。


「うん、大丈夫」


 まるで街にちょっと買い物に行くかのような気楽さだ。
 手にはお母さんが焼いてくれたお茶菓子の入ったバスケット。それ以外に持っていくものは何もない。

 初めて城に連れて行かれた日、わたしは困惑と悲しみの感情でいっぱいだった。だけど今は、そうじゃない。何だか晴れ晴れと誇らしい気持ちだ。


「子が巣立つ、って言うのは嬉しいものね」


 お母さんはそう言って目を細めた。お父さんも一緒になってうんうん頷く。


「巣立ちかぁ。うん、そうだね」


 そう言われて悪い気はしない。胸を張って微笑むと、二人は笑みを深めた。


「身体に気を付けてね。ちゃんと睡眠を取って、無茶をし過ぎないこと」

「うん、分かった」

「ご飯も。しっかり食べるのよ?」

「うん。温かいご飯が食べたくなったら、アダルフォと一緒に戻って来るね」


 そう答えたら、お母さんは「馬鹿」って口にして顔を覆った。どうやら琴線に触れてしまったらしい。


「手紙書くから。今度こそ、絶対、ちゃんと届けてもらう。だから、お母さんたちも手紙、書いてね」

「ええ、ええ! たくさん書くわ。お城にも、会いに行って良いのよね?」

「もちろん! 絶対来てよね」


 お母さんの背中をポンポン撫でながら抱き締める。下手糞な刺繍が施されたハンカチに、涙がじわりと染み込んでいく。どうやら、替えのハンカチを用意してあげた方が良さそうだ――――そう思うと、何だか城に帰るのが楽しみな気もしてくる。


(全く、これじゃ、どっちが子どもなのかよく分からないなぁ)


 だけど、そんな風に思えるようになったのは、わたしが大人に近づいている証なのかもしれない。

 わたしはもう、守られるだけの子どもじゃない。
 お父さんやお母さん、沢山の人が暮らすこの国を守っていく。そのために頑張らなきゃならない。


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