溺愛前提、俺様ドクターは純真秘書を捕らえ娶る
「ありがとうございます。お気持ちだけいただきます。よろしければ、どなたかと会食をセッティングいたしましょうか?」
「なんだ、俺の誘いは丁重にお断りか」
私の提案は気に入らなかったらしく、水瀬院長は不満げに呟く。
気まぐれ発言で、こうして一緒に食事でもどうかと誘われることは定期的にある。
でも、今までその話に乗ったことは一度もない。一緒の席で食事をとったことは一度もないのだ。
私は秘書という身。水瀬院長の友人や親しい間柄ではない。
「申し訳ございません。いかがしましょうか? ご希望があれば──」
「いいよ。行きたければ自分で勝手に行く」
あっさりとした声で返答がきて、ステーキを食べに行きたいというのはそれほど強い気持ちではなかったことを察する。
それ以上食いつくことはせず、「承知しました」と言って話を終わらせた。
「院長、失礼いたします」
向き合うとほんの少しだけネクタイの結び目が曲がっていて、すかさず手を伸ばして修正する。
利き手側に曲がるのは、なぜだかオペ後に多くある現象だ。
直すほどのことではないような微々たるずれだけど、私が神経質なのだろう。非常に気になる。
ネクタイから手を離すと、水瀬院長は「悪いな」と綺麗な顔に微笑を浮かべた。