私だけを濡らす雨/ハードバージョン
その狂気、臨界接近す③



その夜は、満月がくっきりと地上を拝んでいた。
然るべき、いかなる阿鼻叫喚も万平な抱擁の眼で…。


その遥か世上の眼下…、ここ郡家の一室…。
いくつもの拘束具を自室の床に並べ、”実験台”のヨシキを待つ間、どんな趣向で凌辱してやろうかしらと思いを巡らせていると…。


ほどなくして、氷子の目つきはだんだんと不気味なテカりを帯びてきた…。
この女特有と言える、脳内分泌の相互刺激作用が活発化してきたのだ。


このステージに差しかかると、彼女は”例の”暴力衝動に心と脳が手を引かれ、破裂を待つのみの風船と化していく…。


郡氷子はこの衝動を愛していた。
ザックリ言って、”ステキ”な感覚だと…。
しかし、”そんな感情”をそのままで個の人間として素直に行動すれば、今生きている社会では犯罪行為として罰せられる…。


ならば、ほかにその深から沸き立つ”ステキ”な衝動の埋め場所を求めると…、それこそが攻撃的かつ屈折した性欲に従った体現行為に行き着く。
その場合、彼女のメンタルベースは破錠の一過性到達だった。


己に相手の男を呑みこませ、破壊せんばかりの激しい行為で達する…。
可能な限りで貪る欲情を発散…、感じるではなく、マックスで刺激を仕掛けて跳ね返ってくるものとぶつかっていく…。


郡氷子の性交渉はもはや”潰し合い”の戦いという図式に合致していた。
こんな狂気じみた女と交わった幾多のお相手は、郡氷子の”それ”がエイリアンの口とかぶったのではないか…。


***


思えば…、このどうしようもないほど攻撃的な氷子の狂衝動は、実際、幼い時からであった。


物心ついたころ、アリやクモから始まり、このイカレた女の”殺戮遍歴”はコオロギやバッタといった昆虫類をひと通りクリアすると、二十歳前後でハムスター、ウサギなどの小動物にステージアップ。
そして、30を前にして子猫の尻尾を持って、地面に十数度叩きつけ惨殺を果たした後は、つい先日、立派な成犬の柴犬、ロックスを果物ナイフ(実際は登山ナイフ)で出血死させた…。


ここで再び、氷子の瞼には、桜木正樹の愛犬ロックスをナイフで一突きした時のナマ感触がフラッシュバックした。


”やだわ~、あのクソ犬が死ぬ間際に晒した美しい血まみれを思い出したら、もう我慢できなくなっちゃった。や~ねえ…”


郡氷子が恍惚の表情を浮かべる…。
それはマインド変更線突破のサイン…。
周囲の人間にとっては緊急避難警報に等しい…。


かくて…‼
郡氷子の寝室は、この後到着した若いヨシキという若い生贄が、自ら上げる絶叫でこだまする修羅の館と化すのだった…。






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