私だけを濡らす雨/ハードバージョン
マッド・カウントダウン❷



”グイーン…”

ケンの真後ろへ静かに移動したワゴン車の助手席側後部ドアが、オートスライドで開いた。
それは大口を開けた捕食者を醸すビジュアル感と重なった…。

ケンが佇んでいた空気の色調は瞬時にダークシルエットへとワープ…。
すぐその音に気づいたケンは、スマホを左手に握った状態で振り返ると、彼の視界には車内から降りてくる二人の男がキャッチされたのだが…。
次の瞬間には彼の視界は闇に染まった。

目には男のごっつい手で、口にはもう一人の男によって湿った布を押し当てられて塞がれ、気が付くと屈強な二人に体を抱えられたのだ。
まるで筒状に丸められたジュータンのように…。

その体の運ばれ先がワゴン車の中であったのは言うまでもない。

その際、一人の男が素早くケンの手からスマホを取り上げ、電源を再度オフの操作を済ませていた。
かくて、世にも恐ろしいイカレ女・郡氷子の獲物は、難なく彼女の放った手のもとへと渡る!

ちなみに、今、彼を車内に運搬した男たちこそ、数か月前、ケンの頭をバリカンで刈った実行役二人であった…。


***


「氷子さん、頼んます…」


「オッケ~!」


板垣と藤森は身長165はある中2の少年をワゴン車の後部座席で両手を広げ待機していた氷子の胸元へ納めると、ソッコーで各々運転席と最後部シート席の定位置に着いた。


”ブウウーン、ブブブーン…!”


ワゴン車は轟音を立ててその場から急発進…、二人から桜木ケンの搬入を受けた氷子は板垣のフォローを得て、ケンに瞬きする間も与えぬ瞬間芸で素早くその両手両足に手錠をセットすると、手足をばたつかせ抵抗する少年をシートにうつ伏せ寝ころばせた。


”ドン!”


次の瞬間、氷子はなんと自らの尻をケンの腰骨あたりに落とすと、そこを重心として、左手で彼の首根っこ、右足で施錠されたケンの両足大腿部を伏っぺす形で押し捉えていた。

抵抗する隙さえも与えられず、目と耳に加え、両手両足を拘束されたケンは、ほぼ体の自由を削がれたが、ここで視界だけを解放される…。
氷子はケンの両目を覆っていたタオルをすっと外した。
そしてケン取り戻した視界にはツグミの姉、郡氷子の顔がどアップで侵入してきた。

「やっぱり、また会ったわね。坊や…」

”うぐっ、うう、うぐっ…”

「今日はゆっくりたっぷり、愛してあげるわ。その為には互いにトコトン知りあわないとね。静かな場所で、あなたからは全部聞くわ。そして確かめる。いえ、試させてもらう。…板垣‼ケン坊の左腕を撒くって!」


氷子はすでに注射器を手にしていた。
まるでタバコを指で挟みかざすように…。


***



コトの次第は悟ったであろうケンは、拘束された体で必死に抵抗しているのだが…。

”うー!ううっ、うぐぐっ…!”

「板垣!しっかり押さえつけてろって!中坊のガキ一人に何やってんだ‼」

その怒鳴り声はハンパなかった。
ケンの腕に注射器を刺すタイミングが掴めない氷子は、そのいらだちたるや尋常ではない。

これには、そのスジでいっぱしのキャリアを踏んできた自負のある板垣もさすがにカッとなったが、何とか顔を赤らめる程度で抑えた。
そして、ふうっと大きく一息吐くと、上着を脱ぎ、氷子にやや開き直って言い放った…。


***


「じゃあ、コイツのカラダに全身で覆いかぶさりますから、さっさと針、打っちまってくださいよ!」

「最初からそうしろっての!手間掛けやがって…。ケン坊!テメーも意味なくダダこねてんじゃねーよ‼」

まさしく部下の男たちとって、ここがこらえどころだった。
実際、後部シート越しで半身を垂れ、ケンを押さえつけていた板垣は、歯ぎしりしながら氷子をぎろっと睨めつけていたし、運転中の藤森もバックミラー越しでさかんに目をやり、気が気ではなかった。


だが、事ここに及んで、最狂女は”そんなもの”眼中なし…!
ということであった!


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