私だけを濡らす雨/ハードバージョン
決着の地



板垣は意を決し、黒のワンボックスを発信させた。
助手席の藤森も含め、二人はこの手のミッションでは熟練の猛者である。
既に二人はプロの請負人にとして、当面の仕事…、台車にぐるぐる巻きで拘束した14歳の少年を桜木邸1階リビングへぶち込むこと、それ一点に集中していた。

だが…!
その際、彼らが最優先したのは自分たちの撤収であった。
要は、この作業を警察が駆け付ける前に完遂し、さっさとココから、いや、あの狂人オンナから無事おさらばできること…、藤森&板垣の今のアタマは極論、これしかなかった…。
ということであった。

二人は息を呑んで、傾斜角度約30度の坂をゆっくりと下った。
それこそ、息を呑みながら…。

「板垣!どうやらサツはまだのようだ…。ここは落ち着いてヤロウ…」

「了解だ。このロケーションなら、通行人はドアップを避ければ可だな」

「ああ、その辺はあの狂ったオンナも承知してる。近所のおばさん連中の井戸端がありゃあ、さすがのあの人もGOなど出さないさ」

「うむ…、なら、氷子さんが右手を上げたら行くぞ!」

「それでいい。ガキの方は口のテープを補強しておこう」

男たちはここに来て、いたって平静であった。


***


初夏の夕刻…、閑静な新興住宅街は、絵にかいたような”日常”の中にあった。
黒い多摩ナンバーは、桜木邸の前で停車…運転席の板垣はすでに”現場正面”で配備していた郡氷子が既に右手で合図しているのを確認。
藤森と目を見合わせ、即作業にかかった。

それは瞬きする間の早業であった。
エンジン音とドアを開閉する音も日常を壊すことなく、それはここでの監視役も兼ねていた道路反対側の氷子をも唸らせる見事な仕事ぶりであった。

車を止めてから数十秒…、板垣の先導で、藤森はあっという間にケンを台車ごと桜木家の庭に侵入、準備は完了した。

「よし、一気にぶち込むぞ!板垣、いいな⁉」

「ああ、行くぞ!」

”ワン、ツー、スリー!”

二人は無言で息を合わせ、一旦ケンを拘束した台車を地上60センチまで浮き上がらせると、カーテン越しのリビング掃き出し窓へ思いっきり並行線上に投げつけた!

直後、ガシャーン‼という破壊音がこだましたが、その余韻が夕刻の闇に呑まれる間に、二人の男は黒いワンボックス車でその場から瞬間消えしていた…。

さらに、次の展開はそれとほぼ同時進行となるのだが…!

カシャッ!…という、冷めた刺すような低い音感がそこから発せられると、黒ずくめのエナメル姿は、夜の光に呼応した登山ナイフを懐に収めた。
そして…!
カツカツと、妙にそそる夜ねーちゃんのヒール音そのまんまな響きを放ちながら、郡氷子は人間爆弾が投下された桜井邸の門扉を開けたのだった…。




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