花嫁は婚約者X(エックス)の顔を知らない
数週間アメリカに滞在し、何とかトラブルも落ち着きやっと日本に帰国できた。
待ちに待った彼女に直接会える。彼女は雨宿りした時に出会った俺の顔を見たらどんな風に驚くだろうか。まさか学生だとは思うまい。とても楽しみだった。楽しみ過ぎてクラスで一番に登校してしまった。こんなことも初めてだった。
トイレから戻ると彼女が俺の席をチラチラとみていた。カバンを机にかけてたいので登校したことに気づいたのだろう。

「俺の席に何かある?それとも俺に何か用?」

声をかけると彼女は初めましてと挨拶をしてきた。俺は琴乃に会える日をこんなに楽しみにしていたのに、彼女は全く俺のことを覚えていないようだった。

 あぁ…、血の気が引いていくような、体が地面に引っ張られるな感覚だ。

何とか声を振り絞り『あぁ。』とだけ返した。
チラッと動いた隙に俺が送った腕時計が見えた。『婚約者からなの。』と微妙な笑顔を見せる。

 喜んでいないのか?

想像していた反応とは違う事ばかりでし戸惑ってしまった。
修治が登校してきて彼女に話しかける。

 今、『琴乃ちゃん』って呼んだか!?
 いつの間にか俺より仲良くなていやがる。
 なんだ、このイライラする感情は…。

彼女と学校生活を共にするようになってから、どす黒い何かに覆われたような気持になることが増えた。
俺以外の男子生徒と楽しそうに話をすればイラつき、邪魔したくなる。甘いものが好きなようだがせっかくクルーズパーティ用に仕立てたドレスのサイズが合わなくなったらどうする?思わず『デブになるぞ。』と声をかけてしまった。

自分の感情がコントロールできないなんて初めての事だった。
クルーズパーティのダンスの練習中に足元を気にして下ばかり向いて俺を見ない彼女にもイラついた。
もっと俺を見ろよ。もっと俺を好きになれ。思いは届かず彼女は下を向き続けた。イライラが募り、別れ際に舌打ちをしてしまった。
パーティ当日、琴乃の美しさに終始見惚れていた。
 
 絶対に他の男には渡したくない。
 だから常にそばに置いた。

タキシードのチーフのジンクスを聞いたのか俺のチーフの色を見て驚いた顔をした。

「バーカ、偶然だ。」

とは言ったが、偶然なわけあるか。このチーフは彼女のドレスを仕立てた時に同じ生地でわざわざ作ってもらったものだ。
ジンクスなって信じたことなかったが可能性があると言われることはすべてやっておきたかった。
俺がいない隙にいとこの恭介と接触したらしい。タキシードを作るとき、偶然テーラーであいつに会った。琴乃のドレスの生地を選んでいた時だったのでとっさに姉貴のだと嘘をついた。時計だって元々は恭介の親父さんあてに届いていたカタログを見せてもらって選んだ。あいつだってそのカタログに目を通していたかもしれない。そのうちバレるな。と思った。
初めて二人きりで星空を見たとき、この瞬間が永遠に続けばいいと思った。初めて幸せだと思えた瞬間だった。

文化祭では女装してミスコンに出た。優勝したのは誤算だったが彼女を俺以外の男の目に触れさせるのが嫌だった。ミス聖麗学園に選ばれでもしたらライバルが増えるだけだ。恭介にはめちゃくちゃ笑われたがやむを得ない。
後夜祭での事件は予想外だった。あの女どものせいで琴乃が風邪を引いてしまった。見せしめのために関係したやつらを全員洗い出し退学処分した。他人の看病なんかしたことがない俺は片っ端から風邪に良いとされるものをネットで注文しまくった。

クリスマスの日、プレゼントを渡すだけにしようと思ったのだが古賀と楽しそうにパーティの話をしているのにむかついた。
追跡されない送信オンリーのアカウントから彼女にメールを送った。『ここで待つ』とメールしたのは古賀から引き離したかったからだ。しかし、現れるはずのない婚約者を待つ彼女を見ていると胸が苦しくなった。

「お前、こんなところに1人で何やってんだよ。」

彼女がプレゼントに気づいたのを見届け帰るつもりだったがつい声をかけてしまった。
会えると思っていた婚約者に会えなかったことがショックだったようだ。

 …悪いことをしたな。

どうやら俺にも罪悪感というものがあったようだ。

 どうしたら彼女にうまく近づけるのだろうか。
 どんな言葉を掛けたら彼女は俺を好きになるのだろうか。

考えれば考えるほどわからなくなった。
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