花嫁は婚約者X(エックス)の顔を知らない
文化祭当日、出席を取った後はそれぞれの役回りをこなせば学年問わず割と自由に過ごせた。
小道具係には当日の仕事がないので、受付の仕事が時間を割り振って回ってきた。牧野さんから頼まれたミス聖麗学園のイベントは後夜祭直前なのでそれまでは受付の仕事だけだった。

昨年のミスター聖麗学園である真宮くんの演じる『眠れる森の美女』のお姫様はなかなか美人に仕上がりとても高評価だった。海外慣れしている生徒が多いこの学校なのだが、ネイティブな彼の英語はやはりちょっと違っていてかっこ良く見えた。

開演時間は予め印刷物を用意して全校に配布済みだったので、受付に座っているとぞろぞろと人が集まり始めた。

「琴乃ちゃーん!」

前から牧野さんが手を振りながら小走りでやってきた。
生徒会メンバーは各クラスの様子を見に午前中は巡回をするのだそうだ。

「牧野さん!良かったら観ていってー!」

牧野さんの後ろから会長たちが歩いてきた。

「会長〜!ちょっとだけでいいから観ましょうよぉ!」

「入っても良いけど、最後まで観れないよー?」

「そうです牧野さん。午前中に全クラス回らなければならないんですよ?」

「わかってますよー副会長〜!」

「お芝居が嫌でなければ時間の許す限りどうぞ!」

「ほら、琴乃も言ってるんだし少しだけ!ね?」

会長が首を縦にふると牧野さんと古賀くんはノリノリで上演会場となる教室へと入って行き、舞台の前の席に座った。

「おいっ、何で古賀のやつはお前のこと『琴乃』って呼んでんだよ。」

こっそり客の出入りを伺いに受付に来たお姫様の格好をした真宮くんが声かけてきた。

「ん?会長と牧野さんが下の名前で呼ぶようになったら俺もって流れ?」

「…それだけ?」

「うん、生徒会メンバーは皆んな下の名前で呼んでくれてるよ?」

「お前、婚約者いるんだから色んな男に下の名前で呼び捨てされてんじゃねぇよ。」

真宮くんの声のトーンが低くなる。

 あぁ…、また機嫌悪くなったっぽい。

天才の不機嫌スイッチはいまいちよくわからない。

「はいはい、真宮くんには関係ないでしょ。」

「あ"っ!?」

凄く冷たい目で睨まれた…。確かに素直にアドバイスを聞かなかったが、そこまで睨むことはないと思う。

「晴翔くん!こんなの所にいたの?お客さん満席になったからお芝居がはじめるよ!早く来て!」

白馬の騎士に扮した塚田さんがプリンセス晴翔を連れて行ってくれたので、それ以上睨まれることはなかった。
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