花嫁は婚約者X(エックス)の顔を知らない
今朝の冷え込み以上に気温が下がった放課後、外を見るとチラチラと雪が降り始めていた。今日は水曜日ではないが生徒会メンバーは生徒会室で仕事があると聞いていたので手作りしたチョコレートブラウニーを持って行った。

 真宮くんのいとこである会長は彼の婚約の話を知っているのだろうか??

気になりはしたが、柳くんから誰にも内緒と言われているのでこちらから伺うことはできなかった。

「わーいっ!琴乃からバレンタイン貰ったぜっ!」

「琴乃ちゃんが来るって言ってたから私も手作りしたのーっ!はいっこれ!」

古賀くんは喜び騒ぎ出し、牧野さんからはお返しにと手作りハート形のクッキーをもらった。
会長と副会長には普通にお礼を言われ、せっかくだからとブラウニーに合わせてとコーヒーをご馳走になった。
これは単純に会長の好みらしく、チョコレートの時は必ずブラックコーヒーを淹れるそうだ。

「今日は本当によく冷えるわね。」

「見てください!外は薄っすらとつもり始めましたよー!!」

グランドを見るとまだ誰の足跡もない真っ白い世界が続いてた。

「ホワイトバレンタインか~!琴乃、この後デートしようぜっ!」

「残念だが古賀、この様子だと会計のお前が帰れるのは一番最後だ。」

会長は溜まっていた領収書と申請書類を古賀くんの席の前にドンと置いた。

「そんなぁ~!」

「あははっ」

残念がる古賀くんには悪いがコントのようなやり取りに笑い声が出てしまった。
コーヒーを飲み終えると、皆、仕事があって忙しそうだったのでさっさと帰ることにした。

ほんの少し生徒会室に寄り道していただけなので、帰りのホームルームが終わって30分もたっていないと思うのだが寮へ戻る道は別世界のように真っ白く静かな景色になっていた。
傘には勢いよく降り積もった雪が重くのしかかるので時々立ち止まり傘を斜めにし雪を落とした。
降り積もった雪の道を歩いていると学校指定の革靴では隙間から雪が入り込み、つま先の感覚が次第になくなってくる。
寮の建物が見え始め、あと少しで暖かい建物に入れると安堵した時、寮の前に人影が見えた。
 
 こんな雪の日に誰だろう?
 何かの業者の人かな?

近づくにつれて傘の大きさや身長の高さで男性だとわかる。

 太田さんが出てくるの待ってるのかなぁ?

なんて思いながら近づくと、立っていた人が誰だかわかりびっくりする。

 はっ!?なんでここにいるの?
 ホントあり得ない!!!

白百合館の入り口に立っていたのは今日、授業中に倒れて保健室に運ばれ、早退したはずの真宮くんだった。

 こんな雪の中で何やってんの?熱があったんじゃないの??

立っていた人物が真宮くんだとわかるとコートのポケットから急いでスマホを取り出し、同じ寮で生活している柳くんに電話をした。

「もしもし、琴乃ちゃん?どうしたの?」

「真宮くんらしき人が白百合館の入り口で立ってるんだけど、彼は馬鹿なの?」

「えっ?晴翔がそっちにいるの?」

「うん。あ、こっちに気づいたみたい。」

「分かった、今からそっちに行くよ。」

私に気づいた真宮くんは小走りでこちらによってきた。
真宮くんと柳くんが生活している男子寮である『緑風館(りょくふうかん)』は白百合館から徒歩で15分くらいのところにある。きっと直ぐに柳くんが来てくれる。
私の側に来た真宮くんは勢いよく私に抱き着いてきた。

「誰と電話してた?もしかして古賀?」

 第一声がこれ?一体何なんだ?

私を抱きしめたまま耳元で聞いてくる。

「真宮くん、何でここにいるの?熱があるから学校早退したでしょ!?ちゃんと寝てなくちゃダメじゃん!!」

「解熱剤飲んできたから大丈夫。それより誰と電話してた?答えろよ…。」

抱きしめてくる真宮くんの体は熱があるせいでコート越しでも熱さが伝わる。私にも彼にも婚約者がいるのに…。こんなことをされてしまうと嫌でも意識してしまう。彼から漂うシトラスの香り包まれるといつも心臓がどきどきしてしまうのだ。

「…柳くんと電話してた。真宮くんがいたの見えたから連絡した。」

「ちっ。」

「私の質問にも答えてよ!何でここにいるの?」

「…プレゼント。」

「えっ?なに?」

「カバンの中の教科書を出そうと思って開けたら、お前からの誕プレ入ってた。」

「…ぁあ、渡しそびれちゃったからカバンに入れさせてもらったの。」

「…もらえないかと思ってた。ありがとう。」

「えっ?良く聞こえないけど。」

近くを車が通ったのでよく聞き取れなかった。

「ありがとう。って言ったんだ。」

そして、更にきつく抱きしめられた。

 えっ?何この状況。
 誕生日プレゼントのお礼を言うために雪の中やってきた真宮くんに抱きしめられてるの?
 彼には思い合っている婚約者がいるはずなのに…。

ぁあ。そうか。海外生活の長い彼にとっては『ありがとう』と言ってハグをするのはあいさつの一環なのだ。

 …私一人どきどきしてバカみたい。

「晴翔っ!また倒れたらどうすんだよ!!!」

柳くんの声が聞こえると真宮くんは私を放してくれた。

「…わりぃ、心配かけた。コイツに直接お礼を言いたくて…。」

いつも強気でふんぞり返っている真宮くんなのに飼い主に怒られたわんこの様にしゅんとしている。

「琴乃ちゃん、電話ありがとう。こいつ、また倒れたら大変だから連れて帰るよ。」

「うん、お大事に。柳くんも風邪うつらないように気を付けてね。」

「ありがとう。」

やはり体調が悪かったのだろう。真宮くんは柳くんに支えられ、ふらふらと歩き始めた。
雪の中に消えていく二人を見送ると、私も寮の中へ入った。
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