花嫁は婚約者X(エックス)の顔を知らない
真宮くんは険しい顔のままレセプションに向う途中、柳くんのお兄さんが慌てた様子で掛けってきた。

「ちょうどよかった。修作、部屋かして。」

「今、修治から電話で聞いた。落ち着いて話するにはラウンジの方がいいんじゃないか?」

お兄さんは私を気遣うように視線を向ける。

「いや、二人きりになりたい。」

「こちらのお嬢さんと二人きりって、今のお前の雰囲気から良くない気がするが?」

「大丈夫だ。だから、早くキーをくれ。」

真宮くんに急かされ、渋々部屋のカードキーを渡す。

「いつもの部屋のキーだ。」

「助かる。」

キーを受け取るとエレベータの方向へと進行方向を変えた。

「お嬢さん、困ったことがあればパウダールームに行きなさい。鍵もかかるしフロントへつながる電話があるから!」

すれ違う際にお兄さんが教えてくれた。

「…困ることなんか起きねぇよ。安心しろ。」

お兄さんに言ったのか、私に言ったのかはわからないが、そのまま足を止めずに進んだ。
いつもの部屋と言っていたので何度も来ているのだろう。エレベータに乗り込むと手慣れた感じでカードキーを回数ボタンの下にある四角が書かれた場所に一度タッチをし36階を押した。私たち以外に誰も乗っていないエレベータではワイヤーを引き上げる音だけが鳴り響く。勢いづいたワイヤーの音が次第にスピードが下がっていく音に変わると静かに止まり扉が開いた。
私の腕は桜の木の下で掴まれたまま放してもらえずにいる。
エレベータを降りるとそのまま腕を引かれ右奥にある突き当りのドアを目指して進んでいるようだが、履きなれないかかとの高い靴と彼との歩幅が合わずで短い距離だが何度か転びそうになる。いちいち突っかかって歩くのが面倒になったのか無言で抱きかかえられた。

「ま…真宮くん!重いから下ろして!私歩けるから!!」

「重くない。黙って動くな。」

そのままドアまで行くと先ほどのカードキーを入り口にタッチし鍵を開け中に入った。
部屋に入ってすぐ右側にクローゼット、左側にパウダールームを確認した。
そのまま突き当りのリビングルームまで進むとソファーに降ろしてくれた。
部屋の間取りを見る限り結構なお値段のしそうな部屋だった。

「…足、大丈夫か?」

「…うん。大丈夫。」

先ほど転びかけた時のことを心配しているようだった。
しばらく何も話さず、私の向かいのソファーに座ると両手で顔を覆いため息をついた。
ここまでの出来事があっという間過ぎて理解できず、何から話せばば良いのか分からなかったので彼が口を開くのを待つことにした。

「…ごめん、こんな風に感情が抑えられなくなったのは初めてで。」

「…大丈夫。でも、真宮くんを怒らせてしまった原因がわからなくて…。私、何かしちゃったんだよね?」

「えっ?わかってないの?」

先ほどより深いため息をつき頭をくしゃくしゃっとかきむしった。

「俺、嫉妬したんだ。」

「嫉妬?誰に?」

「お前とキスした男。」

「何で??」

「何でって!わかれよっ!!!」

わかれと言われても真宮くんには好きな人がいるわけで…。その人とは両想いなわけで…。

「あ、真宮くん、キスしたことないからってこと??私が真宮くんより先にキスしたのがむかついたとか?」

「何でわかんねーんだよっ!」

 …どうしよう。また真宮くんがイライラし始めた。

「自分の好きな女が他の男とキスした話を聞いたら嫉妬するだろう!普通は!」

「真宮くん、彼女に浮気されたの??」

「彼女って誰だよ!そんなのいねーよ!」

「前に好きな子がいるって言ってたし、婚約してるって噂も聞いたから…。てっきり付き合っているのかと…。」

「なんだよ…その噂。あー…、前に修治が言ってたやつか…。はぁー…。」

ため息をつきながらソファーから立ち上がるとカウンターの方へ向かった。
コーヒーカップとインスタントのコーヒースティックを取り出すと二人分の飲み物を用意してくれた。

「ありがとう。」

「何か入れる?」

「そのままで大丈夫。」

淹れたばかりのコーヒーを一口飲んで心を落ち着かせたのか、真宮くんは話し始めた。

「俺の好きな女はお前だよ。だから嫉妬したんだ。」
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