【続】酔いしれる情緒


走ったせいなのか、それとも気温が高いからなのか。額にかいた汗を手で拭う。


私の前にいる女子高生達も制服の上着をパタパタとさせて「今日暑いね〜」と話していた。



(上着はさすがに暑いでしょ…)



脱いでくればいいのに。

それとも、学校の規則でまだ着用しなければいけないとか?


可哀想だな。と。

私の意識は、女子高生の制服事情だとか、今日の気温の高さだとか。


そんな何気ないことに向いていたが、



『そういえば!昨日の観た!?』

『観た観た!あれでしょ!?一ノ瀬櫂の!!』

『そーそー!やばいよね!?

私もあんなキスされてみたいんだけど!』



朝から黄色い声で会話をする女子高生。


彼女達から出た一ノ瀬櫂の名前。



「………………」



仕事モードに入りつつあった私の意識が

その会話、その言葉で

一気に引き戻される。



『来週まで長いって〜』

『しかも来週テストだよ。ドラマの続きが気になって勉強捗らないよ〜』

『どっかで会えないかな〜 クランクアップまだっぽいし。一目見れれば勉強頑張れるのにね』

『この間近くの駅で撮影があったっぽいし、その辺うろついとけばワンチャン会えるかもよ』

『え〜?それ本当〜?』



信号が赤から青に変わった。


歩き出す人達の中でただ1人、足を止めたままの私。


あの時私が見たものは……ドラマの撮影だったんだ。


しかも今、

そのドラマは放送されていて

クランクアップはまだ。



(てことは…)



この先また、春はあの人に触れる。



「っ、…は…っ…」



その事を考え始めた途端、動悸がしては息が苦しくなっていく。



次の撮影っていつ?

今日は休みなんだよね?


でももし、急に仕事が入ってしまったら?

帰った時、家にいなかったら?





私は、平常心で、いられるだろうか。

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