【続】酔いしれる情緒
瞳を閉じる前、目の前の彼に視線を送った。
真正面から見つめられて
優しく笑顔を向けられると
心の底から安心する。
このまま仕事を辞めてしまえば
静かな場所で平和に暮らせるんだ。
誰にも邪魔されることなく、2人っきりで。
もう不安になることはない。
(……嫌な思いも、モヤモヤすることも無くなる)
嗚呼、なんて幸せなんだろう。
ずっと望んでいたことが今叶おうとしてるんだから。
春の手が私の頬を優しく撫でる。
誘われているみたいにその準備をする私。
準備といっても、目を閉じるだけ、なんだけど。
「凛」
春の美しく整った顔がすぐ間近に迫り、
射抜くような視線を私に向ける。
「大好きだよ」
身体は熱く、心は高鳴って
「うん、私も───…」
そう返事をした──────矢先に
『もともと話は来てたんだ。一度海外で活動してみないかって。』
ふと、彼の言葉を思い出してしまったのは何故だろう。
もうどうでもいいことじゃないか。
芸能界を辞めるって。
春自身がそう決めたんだし。
私はその流れに身を任せるだけで
口答えする気もない。
このままいけばお互い幸せになれるんだから
もうそれでいいじゃん。
「………凛?」
「………………」
あれ……おかしいな。
そう納得したはずなのに。
彼の胸元を押すこの手は
『凛の望むことならなんだって叶える』
それに対する反抗だ。