【続】酔いしれる情緒
「…辞めないってば。迷惑を掛けてしまったし、そのお詫びとして持ってきただけよ」
「え、そうなんすか?」
「慎二くんも食べるー?まだ時間あるし。これ美味しいよ〜」
店主が優しく勧めると、慎二くんも少しずつ口に運び始めた。
その瞬間、慎二くんはうっとりとした表情を浮かべ「なにこれ!うまっ!!」と声を漏らすと同時に、一口目を食べ終えると次々と手を伸ばしていた。
先程までの小さな騒動は、ほんの一瞬にして彼の心から消え去り、今はただ食べ物に夢中になっている様子。
私はそのまま慎二くんを見つめ、店主に視線を移した時、ちょうど店主も私に言いたいことがあったみたいで。
「ちなみになんだけど、安藤さん今日予定ある?」
「……いえ。特にないです」
「じゃあバリバリ働いてもらおうかな〜」
「え。」
「品出し大量に余ってるんだよね。ストック置き場もパンパンだし、整理してもらおっと」
「…………………」
………まあ、迷惑を掛けた以上断れるはずがなく。その後急遽働くことに。
店主の言っていた通り、品出しの量は半端なく、開けてもいないダンボールがまだ数十個も残っていた。
(それにしても……やっぱり甘すぎない?)
いつも通りただ働くだけで、こんなにも許されるなんて。
もしかしてまた知らぬうちに春が手を回していたんじゃないかと、なんだかありえそうな話が脳裏をよぎる。
無断欠勤に無断で早退した(誘拐された)というのに、店主はその理由を深く聞いてこなかった。だから疑ってしまっても仕方がないと思う。
(でもまあ……あの事をどう説明すればいいのか分からないし、)
淡々と進んでいるこの状況を有難いと思っておこう。
慌ただしい時間は過ぎ去り、時刻は昼を少し過ぎた頃。
昼休憩をもらった私は裏部屋で一息つく。
店内とは違って心地よい静寂に包まれていると
エプロンのポケットに入れていた携帯が振動した。
その音に心がざわめくかと思いきや、私は穏やかな心境のままゆっくりと携帯を手に取った。
「…………………」
落ち着いた手つきで、そして確信を持って、携帯の画面を覗き込む。
そこにはやっぱり春からのメッセージが。
私はその文字をじっと見つめて、そして落ち着いた手つきで指先を動かした。
文字たちが躍動するように、私の指先も軽やかに動く。
そして最後に送信ボタンを押した瞬間、私は心がざわめくことなく静かに微笑んだ。
(ここからが、またスタートだ。)
携帯を手放し、深呼吸をして、静かな時間を過ごす。
私が送ったメッセージが春の目に届くまで少し時間がかかるかもしれない。
けど……なんだか今は。
その時間も楽しみに待っていられる気がした。
『行ってきます』
『行ってらっしゃい』