【続】酔いしれる情緒
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春が海外へ旅立ってからの日々は静かで穏やかだった。
世間は至って普通で、騒ぎや混乱はまるでなし。
意外にも、情報番組や新聞などのマスメディアでその出来事に関する報道は一切なかったから。
一ノ瀬櫂の海外進出については、現在海外で撮影中の作品が発表されるタイミングと共に明かされる予定だという。
つまり世間は一ノ瀬櫂が海外で活動していることをまだ知らない。
そういった情報は毎日連絡を取り合っている春から聞いた。
時差があるしそう何度も返信は出来ないけど、
時間が合えば、電話もする。
話題はいつも通り些細な内容ばかりだけどね。
寂しいか寂しくないか聞かれれば、もちろん寂しい。
この広い家に1人だし、テレビにも彼の姿はほぼ無い。雑誌の表紙だって今じゃ最近流行りのアイドルグループばかり。
唯一見れるとすれば……たまーに流れるCM。
そのCMが流れると、たった数秒の間、私はその映像に引き込まれるのだ。
顔が見えたときは何とも言えない嬉しさが胸に広がる反面、その短い時間に満足感を得られない悔しさも感じるけど。
「…………」
そんな私は今、ドラマ映画漫画音楽がなんでも揃っているこの場所、レンタルショップにいる。
人生初だと言っても過言ではない。
私は映像化された物に興味を持たない傾向がある。
たまーに観に行く映画は面白いと感じた小説の映像化作品とか、そんなモノだけ。
好きな物は本だけど、同じ括りである漫画には興味無し。イラスト付きではなく、文字だけが綴られたモノが好きだ。
だからこそ、こういった場所は私にとって必要なく、来る意味をもたないから。
なのに何故、今この場所に私が存在しているのか。
暇だし気が向いた、というわけでもなく。もちろん目的があってここに来た。
(すごい量…)
ずらりと並ぶDVDやCDの数に圧倒されつつある私。
ここに来る人達は大抵どの場所に何があるのかなんて知り尽くしているような、そんな感じで手に取ってはカゴに入れてレジへと向かう。
そんな人たちとは真逆に、この場所が初体験の私にとってはどこか目がチカチカして仕方がない。
棚に沢山並べられている光景なんて見慣れているはずなのに、置かれている物が違うのだから自然と目が細くなる。
やっぱりこういう場所は向いてないのかな。
目的があってここに来たわけだけど、目的を達成させる前に帰ってしまいそうだ。
と。
「あれ、安藤さん?」
「!!」
【邦画作品】
と書かれた場所にいた私は、左後ろからの聞き慣れた声に大袈裟にも大きく肩を跳ねさせた。