【続】酔いしれる情緒
「驚かさないで…」
口から心臓が出てしまうんじゃないかと思えたぐらいにびっくりした。いや、もう、正直出てしまったかと思った。
何故か速まる鼓動。その鼓動を抑える暇もなく、「驚かしたつもりはないんすけど〜」と周辺に染み付いたタバコの匂いを広めつつある慎二くんに視線を当てた。コイツさっき吸ったばかりだな。
「仕事終わりっすよね?」
「うん」
「いいなぁ〜 俺今からっす」
「らしいね」
そう。今日はいつもフルタイムな私が珍しくも昼上がりという日。望んだわけではないけど、シフト上そんな風に決められていたのだから仕方がない。
帰ってもあの広い家に1人だけ。
しかも今日は昼上がり。
あの家での1人の時間がいつもより増える。
だから────…
「珍しいっすね」
「……何が?」
後ろにいた慎二くんは気づけば真横にいた。
ジッと私を見る目。
その目は私の手元に向いている。
………あっ。
「っ!!」
咄嗟にだが、手に持っていたそれを素早く後ろに隠した。
ガッツリ見られていたしもはや無意味な行動だということは分かっているけれど、そうであっても隠したくなった。
だって…
「安藤さんが雑誌買うなんて珍しいな〜って。しかもそれ、一ノ瀬櫂の写真集っすよね?」
「だったらなに…」
「もしかして、本格的にファンになったとか?」
「……………」
分かりやすく黙り込んでしまう。
やたらに速く鳴る鼓動は図星だから、だ。
「え、マジっすか?じゃあ今ここにいるのも一ノ瀬櫂が出てる作品を探しに来たとか?」
「いや………」
「どうなんすか?どうなんすかっ?」
そう言う慎二くんは何故か目をキラキラと輝かせているし。
……分かってる。分かってるんだってば。
普段は来ることのないこの場所にいることも、普段は買わない物を買っていることも。
全部が何を意味しているかなんて。
「だったら、なに…」
また同じ言葉を繰り返す私。
それはちょっとした強がりだ。