【続】酔いしれる情緒
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その日の夜、家事を全て終わらせた後に、私は1杯のコーヒーを作ってソファー近くにあるサイドテーブルの上に置いた。
そして見つめる、2枚のディスク。
(どっちから観よう。両方似たような感じもするけど…)
題名からして確実恋愛モノ。
触れ合うことなんて……恋愛モノなんだから、もちろんあるに決まってる。
想像すればするほど『嫌だ』の感情が心に広がってく。
無理に見る必要はない。
だけど、そうすればまた、私は彼の仕事を否定してしまうだろう。
『辞めて欲しい』の感情が増えるだけだ。
1度大きく息を吸って、吐き出したのと同時にディスクを選び、DVDレコーダーに入れてみる。
この家でのこの機械。初めて使うし、使い方これであっているのかどうか少し不安になりつつも、操作を続けた。
そして暗かった画面がパッと明るくなると
いよいよ始まる、って。
無意識にも鼓動が速くなった。
落ち着かないままソファーに向かってドサッと座る。
深く腰掛けて、腕の中にはクッション1つ。
そのクッションを ぎゅう っと力いっぱいに抱きしめて目を細くさせた。
まるでホラー映画でも見始めるんじゃないかって、今の私、そう思われても仕方がない体勢だ。
しばらくしてタイトル画面に移り変わると、私はクッションを抱きかかえたままスタートボタンを押した。
恋愛モノだというのに、こんなにもビビりながら観る人は世界中で私だけな気がする。
だけどそんな私に構わず物語は進み始めた。
音が響き渡る中、
緊張したままその映画を見始めて
そこまで大胆なモノじゃない場面だとしても何度か目を瞑って。だけどゆっくり目を開けて。
彼の演技、表情、仕草を目に焼き付ける。
「─────……」
作ったコーヒーは一度も口をつけることなく
終わった頃には冷めていて
抱きかかえていたクッションは
気がついた時には床へと落ちていた。
(……ああ、そうだ)
そうだった。
前に映画館で観た時も
こうやって彼の演技に感動したんだった。
見始めてしまえば、心に黒い何かが渦巻くこともなく身構えることもショックを受けることもない。
ただただ、その映像に見入って、その世界観に引き込まれてしまう。
(やっぱり、すごいなー…)
私の判断は間違っていなかった。
春はその世界にふさわしい人。
輝かしい世界で輝かしい人生を歩むべき人なんだって。
「春…」
彼の名を呼び、その場にいない彼を想う。
「………頑張ってね。」
頬を伝う涙は、深い感動の余韻を物語っていた。