【続】酔いしれる情緒
「……この人は清美一花(キヨミイチカ)っていって、俺がこの業界に入って初めて共演した人。モデルがメインの仕事だけど役者もしてる。
俺はこの人と夫婦役を演じたことがあるんだ。」
なんだ、共演しただけなんだ。って。
この時少しホッとした。
だけど、これはまだ序盤の話。
春は暗い顔をして話を続けてく。
「リアリティ番組って分かる?分かりやすく言えば…台本がない番組、なんだけど。
そこで俺は一花とリアルな夫婦を演じることになった。その時の俺はもちろん出てきたばかりで未熟だったし、演技をするのもそれが初めてだった。
しかも夫婦役って…経験のないことだから本当に分からないことばかりだったんだよ」
テレビはCMから音楽番組へと切り替わっていて、今じゃポップな曲が流れている。
だけど今はその曲を聞く暇も、慎二くんの言う推しグループを探す暇もない。
「初めて自分に与えられた仕事だったから何がなんでも結果を残したかった。
……そこで一花が提案してくれたんだよ。本当に夫婦になろうって。
それは籍をいれるだとか本格的なことじゃなくて、ただカタチ上。本番でちゃんと夫婦を演じられるように、愛し合っていることが伝わるように…って。
あの頃の俺は自分の演技が認められればいいって、ただそれだけを考えて行動していたから
もちろんその案に乗ったよ。」
ここまでは至って普通の仕事の話だった。
これのどこが言い難い話なのか。
仕事のために裏でも役の練習をしていただけのこと。全く悪い話じゃない。寧ろ仕事熱心でいいと思う。
なのに春の表情はずっと暗くて
ずっと何かを隠していて
一度声を詰まらせると、覚悟を決めたみたいに真っ直ぐ私を見て言う。
「役作りとして、一花とは全部した。
男と女がするようなこと、裏で全部。」
私は身体が硬直したかのように固まって春の話を聞いていた。
やっと口を動かせた時には既に
お味噌汁が冷めて冷たくなっている頃で
「つまり……身体の関係がある、ってこと?」
目が逸らせなかった。
ジッと真正面から春の顔を見つめた。
心臓が痛い。
身体は冷たい。
「───うん。そういうこと」
お箸を持つ手に力が入らない。