好きよりも、キスをして
「今、俺、澤田を簡単に抱きしめられる距離にいる。だけど、抱きしめてないでしょ?」
「え、あ。確かに……」
さっきグイッと引き寄せられた瞬間、もしかしたら抱きしめられるかも?なんて。ちょっと思った自分もいた。
だけど私は自由に動ける。今、沼田くんからサッと逃げようと思えば、簡単に逃げられる。
「だから、選んで」
沼田くんは、また、リンゴの色で、私にせがんだ。
「俺に今、抱きしめられたいか。嫌か。
もし嫌って言うなら、俺と一週間、一緒に帰って」
「へ?」
「だから澤田、早く……選んで」
薄く笑った沼田くんが、ひどく霞んで見えた。私が泣いて視界が潤んで……とかじゃない。
沼田くんが、すごく儚い存在に思えたのだ。
それは、私の心が自分に向いていないと、分かっている顔。
私が何て答えるか。既にその答えを知っているかのような。そんな切ない表情にも見えた。