好きよりも、キスをして


「(好きだよ、静之くん。本当に短い間だったけど、支えてくれてありがとう)」



ダメだ。こんな事、とてもじゃないけど、直接言えそうにない。直接、伝えられない。口にしただけで、泣き崩れてしまう。

まだ静之くんの彼女でいたいって、叫んでしまう。私を選んでって、縋りついてしまう。



「(それは、ダメ)」



静之くんを困らせたくない。だから――何も言わず、この恋の幕を閉じよう。

そう、心に決めた。

その時だった。何の脈絡もなく、静之くんは、こんな事を口にする。



「なぁ、名前で呼んで」

「へ?」

「俺の名前。まさか知らねーとか?」

「し、知ってるよ!緋色、でしょ?静之緋色」

「……ん、そう」



嬉しそうに、ふわりと笑った、その顔が。私の脳裏に焼き付いた。


緋色くん。緋色、緋色――


最初で最後の、名前呼び。

今日だけ。今夜限り。


限定的な、私たちの関係。




「緋色くん」

「ん、なに」

「緋色ー」

「だから、なんだよ」



はは、と笑う私たちの声。今日は出番がなさそうな寝室にまで、虚しく響いている。


< 194 / 282 >

この作品をシェア

pagetop