好きよりも、キスをして
「(好きだよ、静之くん。本当に短い間だったけど、支えてくれてありがとう)」
ダメだ。こんな事、とてもじゃないけど、直接言えそうにない。直接、伝えられない。口にしただけで、泣き崩れてしまう。
まだ静之くんの彼女でいたいって、叫んでしまう。私を選んでって、縋りついてしまう。
「(それは、ダメ)」
静之くんを困らせたくない。だから――何も言わず、この恋の幕を閉じよう。
そう、心に決めた。
その時だった。何の脈絡もなく、静之くんは、こんな事を口にする。
「なぁ、名前で呼んで」
「へ?」
「俺の名前。まさか知らねーとか?」
「し、知ってるよ!緋色、でしょ?静之緋色」
「……ん、そう」
嬉しそうに、ふわりと笑った、その顔が。私の脳裏に焼き付いた。
緋色くん。緋色、緋色――
最初で最後の、名前呼び。
今日だけ。今夜限り。
限定的な、私たちの関係。
「緋色くん」
「ん、なに」
「緋色ー」
「だから、なんだよ」
はは、と笑う私たちの声。今日は出番がなさそうな寝室にまで、虚しく響いている。