好きよりも、キスをして

抑えきれそうにない涙が、私の目いっぱいに溜まる。視界はぼやけて、何も見えない。涙が邪魔をして、何も見えない。



「起立ー」



日直の号令がかかる。皆が立ち上がる中、私は足を動かせないでいた。

そして、同時に緋色を見る。皆が起立しているから、きっと緋色も立ってる。だから視線を上げて緋色を見ようとした、その時。



「……」

「……あっ」



私と同じ、座ったままの緋色が。

怒っても笑ってもいない静かな表情で、私を見ていたのだった。



「ひ、いろ……!」



思わず口に出た彼の名前は、皆が着席する時に鳴った椅子と床の摩擦音にかき消される。

と同時に、緋色と交わっていた視線も、私が瞬きをした瞬間に、フイとあっけなく逸らされてしまった。



「(見間違い……だったのかな……)」



私と目を合わせるために、座っていてくれた?「そのノート読めよ」って、そう言ってくれたのかな?

私の都合のいい解釈をしても、罰はあたらないよね……?


緋色への思いが抑えきれなくて、胸がいっぱいで。ノートが涙で濡れないようにハンカチを敷き、隙間から緋色が残してくれた文字を見る。



「(緋色、ノート。読むからね……っ)」



緋色からの最後の言葉。

その文字たちに、私は目を移した。

そこに何が書かれているのか。私は震える心臓を必死に押し殺し、そして必死に宥めながら。


はやる気持ちを抑えて、文字を追うのだった。


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