好きよりも、キスをして


「……ぅっ」



抑えきれない涙が漏れる。ずっと下を向いていたためか、ついに先生が不振がり「じゃあこの問題を澤田」と指名される。だけど、なかなか顔を上げない私。

すると、沼田くんの声が、教室に響いた。



「腹痛いらしいです、澤田は今日パスで。代わりに俺が答えていい?」



私たちを犬猿の仲だと思っていた先生が「お、おぉ……」とどもりながら返事をする。クラスの皆の空気がゆらっとうごめくのを、肌で感じる。

きっと、また何か言われる。何か悪い事を噂される。言いようのない不気味さが、私を襲う。


だけど、いいんだ。


沼田くんへの感謝と、緋色への恋心と――


今の私は、この気持ちだけがあれば、それでいい。


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